
パース? なにそれ、食べ物? ◆う〜ん…何と言うか…
泣けるとか泣きそうとかって言うより… 泣いた?
あは、完全に断定口調ですわ。
「仮面ライダー電王」最終回。
バトルが多くて、色々端折っている部分があった気もしないではありませんが、この一年間走り続けた「電王」らしい最終回であった事は言わずもがな。
書きたいことは今まで書いてきた。
だから余計な事はイイ!
ありがとう!
楽しかった!
また会おうぜ!!…これで今回のレビューは終わりです。
じゃあな!
以下は、上記の内容では何となく満足出来ないとゆー方、オマケ的にどうぞ。
■クライマックス…出るとは分かっていたけれど、ジークが出てくれてホントに嬉しいよ、うん。
劇場版では扱いがあまり宜しくなくて、若干消化不良気味のまま終わってしまいましたので、お祭り的でもオマケ的でも何でも、出てくれただけでやっと胸の痞えが取れた気持ちです。
最終回の必殺技はゴレンジャースト−ム…
「電王」は孤高に戦うというより、皆と力を合わせて戦うというテーマが強いだけに、ライダーというより戦隊的な持ち味のある作品でありましたが、これじゃホントに戦隊ですよ。
でも、だからこそ「電王」的なんですけどね。
最終バトルの行く末を占う炒飯対決の結果は…引き分け?
旗は直立するでもなく倒れるでもなく、斜めに傾き動きを止める。
これは、良太郎達の勝ち取った未来が、カイ達の未来でも、ハナの未来でもなく、もう一つ別の未来である事を示しているようです。
路線自体はデンライナーの路線と繋がり、大まかに言えばハナのいた未来へと時間は続いて行くのでしょう。
しかし、そうなれば全部消えてしまう筈のイマジンの中で、モモ達だけは消えずに残っています。それは自分だけの時間を手にしたからなのであって、路線の選択とは関係無い事象なのではありますが、結果的にイマジンが全員消えていない事もまた事実です。
未来は守られたけど、そこには既定とは違うイレギュラー要素も若干混じっている。
それは、桜井さんが守ろうとした未来とはホンの少しだけ違う、良太郎達が掴んだ三つ目の未来なんですよね。
最後、ミルクディッパーで珈琲を淹れる愛理さんの傍らには、桜井さんの姿も赤ん坊の姿も無い。
それは2008年初頭時点で、愛理さんがまだ桜井さんと出会っていない時間だという事を意味しているのですね。
よかった、この一年間の尾崎と三浦の努力は決して無ではなかった(え)。
侑斗もまた、桜井の最後の記憶を消費することで桜井とは違う時間を歩む事が出来るようになる。未来を知ったからといって、決して未来に縛られる事の無いようにと…。
実際、桜井侑斗はまだ愛理さんと出会っていない。でも、それは結局多少の誤差でしか無いのでしょうね。桜井侑斗は、出会う前から野上愛理に心奪われていたわけですから。
良太郎、侑斗、ハナ、愛理。
結局この人達は全員家族なワケで、「仮面ライダー電王」は野上・桜井一家の大作戦な話だったんですねー。
そう考えると、スケールの大きいような小さいような話ですが、カイも家族大作戦にまんまと踊らされ可哀そうッちゃ可哀そうだ…。
しかし今思うと、喧々し合っていたハナと侑斗が父娘だったんだもんなー…観返してニヤニヤしたくなりますね、それ。
てか、あのおっとり家族から鉄拳制裁主義者のハナが生まれるというのが想像しにくい。いや、親と叔父さんがそんなんだから、逆に…みたいな?
それに、想像しにくいからこそのミスリードだったのかもしれませんね。うは。
■俺、誕生!砕け散り粉々になるバースデイケーキ
消えていたロウソクに再び火が灯る
OPタイトル中に描かれていたバースデイケーキ。
それはハナの生まれた時間の消失と回帰を描いたモノであると思っていましたが、ハナが愛理さんの娘である事が分かると、それはもっと直接的な意味を持っていたのだと分かりますね。
バースデイケーキは時間とか存在とか以上に、ハナ自身の誕生そのモノ。
この番組は、ハナが一度は失われた自分自身の誕生を、再び取り戻すまでの物語だったのですね。
OPからハナさんが消えたのも、最終局面に向け、ハナさんが愛理さんの娘だというヒントをあえて隠すフェイクだったんですよ、きっと!(いや、それは…)
OPで、良太郎を中心にハナと愛理が対象に笑う映像なんかがありましたが、あれもハナと愛理が比較される対象である事や、二人が特別な関係性を持っている事の表われだったのかもしれませんね。
OPに最初から示唆されていたのだと分かると、子どもを一度消失させるというデンジャーな展開も何故だかすっと受け止められる。ヒントは出ていたけど、気付いていなかったのはオレだったのね。
それに、ちょくちょく良太郎の回想などで折り込まれていた、愛理姉さんの湖での光景。
姉さんの周りには白い花びらが舞い落ちていた。
あれも、単にキレイな映像というわけではなく、ハナという存在が一度散ってしまった事を示唆していたのだなぁ…
しかもあの白い花を渡したのは若き日の父親・侑斗なわけで、家族三人ずっと繋がっていた事が分かります。
ついでに言うと、桜井侑斗が消えた時間での愛理さんは、星じゃなくて花に興味を持っている女性だったりして、仕込みが多いですね、ホント。
全ての人の記憶から消えた愛理の娘・ハナ。
以前、同じように全ての人の記憶から零れ落ちたピアノマンが、消えてしまうのではなく、誰かが記憶を取り戻すまで時間の中を旅する…とナオミが言っていました。
つまり、ハナは自分のいた時間が消えてしまったコトでデンライナーに拾われたというよりも、ピアノマンと同じように、記憶から抹消されたから旅をしていた…のかもしれません。
それにしても謎なのは、ハナが何故に両親や叔父の良太郎の事を覚えていないのか、というコト。
これはもう一人の未来の特異点・カイが忘れっぽい事と同じってコトで宜しいでしょうか…。思い出そうにも思い出す時間が無いから、思い出す事が適わないというコトで。
そしてハナさんにまつわるもう一つの謎。
何故ハナはコハナになったのか?
それは白鳥さんg(ングハッ!)
・
・
・
ハッ、殴られたショックでひとつ思い付いた!(え)
コハナが登場した時期、それは新たな路線が登場したのと同じ頃でした。
前述の通り、この新たな路線というのは、カイのいた未来でも無く、ハナがいた未来とも少し違う、別の未来。
そして、この路線と繋がった時間では、愛理さんはまだ桜井侑斗と出会っていない。
しかし、愛理さんはいつか必ず再会する事を信じていたし、それは桜井侑斗もまた同じはず…
そうなると、本来2007年に二人が結婚し、8月にハナが産まれる筈であったタイムスケジュールは崩れる。
ハナのいた時間が消失したのはハナが19歳の時の事でしたが(2026年?)、それはハナが2007年の8月に産まれていたら…の年齢。
新たな未来では両親の結婚が遅れ、出産もその分だけ遅れるというのなら、その時点でのハナの年齢も19歳より……若返るはず、ですよね。
たとえばそれが…コハナぐらいの年齢になっていたとしてもおかしくない。
具体的に書くと…
2007年生まれ、2026年に19歳になるハナというのが元々の時間。
それが新たな時間上では、2026年時点で8〜9歳程度になっている。逆算すると、愛理と桜井さんの結婚は10年ほど遅れたのではないかと推測できます。
特異点だから頭の中身こそ変わりませんでしたが、生まれる時間が遅れた分の変化ばかりはどうする事も出来ず、子どもの姿になってしまったのでは、と考えられます。
特異点は不死身とは違いますよ〜ムフフ…て、オーナーも言ってたし。
新たな路線の出現と、それに呼応するかのようなハナの変化。
なんか思いつきで書いていたら意外と繋がる…
なんてこった! 天才だな、オレ(いや)。
何だかこうして考えると、まるで最初ッからコハナが登場する事が折り込まれていたかのようにすら感じられます。
単に小さくするというギャグ的アクシデント回避ではなく、出産を遅れさせれば統合性も取れる、丸く収まるという事に目をつけた製作陣の頑張りが感じられて凄いです。
皆既日食の時とは大違い…(え)。
■願いを言うよ。最後まで一緒に戦う。
それが良太郎の願い。
4話辺りで言った「モモタロスがボクから出て行く」という願い事とはエライ違いなワケで。
二人の関係性が深化している事を物語ります。
モモタロス達がデンライナーの車外でも実体化していたのは、自分だけの時間を手に入れたから…。
借り物の記憶ではなく、自分だけの記憶と時間を手に入れたから、彼らは強く存在する力を得た。
…て、これ最近書いた気がする。
自分だけの記憶と時間を手に入れたモモ達は、カイのそばにいる多くのイマジン達よりも、存在する力は大いに強い筈です。
契約者の記憶を使う借り物の存在よりも、自分自身の記憶で存在する事の方が安定する…みたいな。
(先週のレビューより)
あ、やっぱり書いてるし…。
だから言ったろー。下手に邪推して書いたりするから、今週書く事一つ減っちまったよー。んもー、なんというラッキー(え)。
最終回を終え、個人的に気になるのは時計の謎ぐらいかしら。
三つの時計の内、一つは良太郎が買った物で、問題は桜井さんがいつも持っていた時計とボートに残された「過去は希望をくれる」と記された時計との因果関係。
どっちが先でどっちが後なのか…
ん? そういえば最終回で「過去は希望をくれる」の錆びた時計を侑斗が持ってたな…。
あれをあのまま侑斗がずっと持っていて、それが桜井さんの持っていた時計なのか?
ヤベ、自己解決(爆)。
■そろそろレビューも折り返しです(ええー)。ウソです。体力が持ちません。
しかしながら、「仮面ライダー電王」という番組全体について簡単に。
基本的にかなり良質な番組なワケですが、個人的見地の成功要因を幾つか上げてみます。疲れてきたので箇条書きで。
・謎で引っ張らず、キャラクターとドラマの力で魅せた。
・二話完結のフォーマットを割と順守。
・ふろしきを当初の予定以上に広げない。
・井上敏樹の不参加(ちょ)。
一つ目の要因は、一年間という長期シリーズの縦軸として、これまで平成ライダーが“謎要素”にかなりの率で頼っていたという土壌が感じられます。
別にソレが悪いのではありません。しかし、白倉さんはテレビのライブ性を大事にするお方らしいので、結果的にいつも当初の予定と違ってしまう結果に陥っている気がするのです。
「電王」は、これまでのシリーズと比較すると謎の占める比率が非常に低く、その分キャラクターの面白さや、人間交差点的ドラマを重視していました。その為、“謎”という枷も少なく、お得意のライブ感も生かす事が出来たのではないかと思うのですよ、ええ。
それなのに次はまた謎で引っ張ろうとしている雰囲気がプンプンするんだよなぁ…ブツブツ
二つ目、二話完結の堅持。
これは要するに、観ていて安心出来るコトが大きいですね。
特にシリーズ前半でしたが、二話完結、その中でゲストキャラのドラマを描き、以降は特別な事が無い限りエピソードを引きずらない。
前半でどれだけ話が広がっても、必ず後半でまとめてくれるのだという安心感。どーするどーなる!?というサスペンスも悪くは無いですが、毎週ず〜っとそれだと疲れるのです。歳ですね。
三つ目、ふろしき。
要するにシリーズ構成の問題な気もしますが、フォーマットがしっかりしている分、余計にふろしきを広げる事が無かったのが、良かったのではと。
話を盛り上げる為の手段として、ふろしきを広げるのではなく、いつものフォーマットを積み重ねるという地道な手段を選んでいる気がします。
その代わり、「電王」は話の進みが遅いとは結構言われていましたけどね。でも、いきなりラ・メーン対決とかされるのも、どうよ?
四つ目が意外と本音爆発なのですが、まぁそれはそれ。
キャラクターが好いんだとか、俳優が良かったとか、シリーズ構成が抜群なんだとか、素敵要素を上げていくと切りが無い番組でもありました。
これは白倉版響鬼なんだ、と勘ぐったりしていた時期もありましたが、もうどうでもいいですね。
「電王」は「電王」であって、他のモノとは違うとしか言えません。
最初に話を聞いた時は、「電車のライダー? 桃太郎? 遂にキワモノに手を出したか…」と思ったもんだ、うんうん。
始まってみると、最初っから最後までブレる事も無く、突っ走っていました。テレビだからこその面白さ、映画とのコラボ、何処を切ってもエンターテイメントだし、仮面ライダー電王だったと思います。
この番組はとてもテレビらしいテレビの面白さを存分に利用している番組なので、やはりリアルタイムで観てこその番組だったと思います。
そして、実際リアルタイムでその面白さを体感出来た事が、何とも言えず幸福な一年間であったと感じる次第です。
「仮面ライダー電王」という番組、それに携わった全ての人々、またその番組を通じて弱小ブログに足を運んでくれた皆々様に心より感謝の意をお伝えいたします。
ありがとうございました。
また会おうぜッ!Vシネで(え)。⇒
仮面ライダー電王 各話レビュー