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2019年 09月 01日
本当の最終回と銘打たれたジオウ劇場版。
それは「仮面ライダージオウ」最終回というよりも、「平成ライダー」最終回であり、ひいては「平成」という時代そのモノの最終回を描いてくれているような映画でした。


「お前たちの平成って、醜くないか?」




「平成」という時代そのものを否定し、やり直そうとする一派“クォーツァー”。平成に生まれた人や物を全て消し去ろうと試みる。

平成ライダーは世界観が統一されてないし設定も難しいし、最終回までに全然伏線を消化できないし…。
なるほど、そう言われれば確かに醜いのかもしれない(そこまでは言ってない)。
それらは、「平成ライダー」というテレビ番組に対しての批評でありつつ、「平成」という30年の時代自体への批評にも捉えられる。
「失われた30年」とよく言われるように、平成は日本が経済的に鈍化、沈下した時代でもある。
そんな「平成」という時代を消し去ってしまおうというクォーツァーは、まさしく「失われた30年」を言葉の通りに実現化させようという者たちなのです。

自分の気に入らない歴史を消し去ってやり直そうとする修正主義者。
それはクォーツァーもタイムジャッカーも同じなのですが、TVシリーズ最終回で世界を作り直したソウゴもまた同じではないか…と見えなくもない。

ではソウゴと彼らとで何が違うのかというと、要らないモノを排除してやり直そうとするのか、あるいは対立するモノも全てまとめて新しい世界としてやり直してしまうのか、そんな違いでしょうか…。


さて、そんな風に「失われた」などと言われがちな平成ですが、経済視点から離れてみれば、その時代に生を受け、青春を過ごし、命を燃やして生きてきた者たちにとっては失礼な言葉でもある。

「瞬間瞬間を必死に生きている」のは人の営み全てであり、そしてまた、醜く、世界観も設定もてんでバラバラな平成ライダーが歩んで来た道の事でもある。

だからこそ、平成ライダーの終焉を語りつつ、平成という時代の終焉までも語っている映画足り得ている。


現行の仮面ライダーシリーズは、お役所の次点で「平成」という言葉を使っている…何なら遊び道具にしている場と言えるでしょう。
しかしだからこそ、「平成」という時代性を常に考え続けている制作陣でもあるんですよね。
それこそ、改元前後のTV特番よりも平成の終わりを如実に感じさせてくれるというか、「『平成』の最終回を劇場版でやってくれている」という感覚になりながら見ていました。

まさしく、平成という時代を生きた人の為の物語なのです。



この映画…なんかもう、あまりに凄すぎて衝撃だったんですよね…。

特にネタバレ無しでシークレットゲストのシーンに出会えたことは幸福でした。本当に驚いたし…衝撃的だったし…ちょっと泣きそうになった…。

これはなんというか…本当に一部の同世代の人間にしか共感し得ないモノかもしれないけど、「アレ」はネタではなくて…本当にヒーローだと思って見ていたんです。ボクはね。

勿論パロディだとも分かってはいるんだけど、純粋に好きだったの…。
そして、何なら本家の「仮面ライダー」よりも先に触れているから、こっちの方が好きなんです。

ソフト化も望み薄なので、本当にあの時代(放送は昭和では?)に幼い頃を過ごした人にしか共感は無いのかもしれないけど…。
だので、ここまで総括しようという気持ちが感じられて、こちらは感情が溢れてしまう。
ライダーだけではなく、30年間の文化そのものなんだよ…。


「ジオウ」は、その時代にライダー(王)が一人しかいないという、いわば「仮面ライダーを放送している放送枠」が具現化した世界観のお話です。

しかし今や、ライダーはその放送枠をも飛び越えて、配信の作品、舞台、漫画、バラエティ番組でのイチ企画と広がっている。
「枠」に囚われない存在というメタ語りでありつつ、それは自由の戦士たる仮面ライダーのテーマでもある。

ここで放送枠に収まらないライダー達が登場した瞬間の得も言われぬ充足感が溜まりません。ホント、こういうの好きなんだなぁワシは…。
特にGが出てきた瞬間なんぞは、もう成仏する気持ちになってしまった…。


「ジオウ」のメタ的なモチーフを使いつつ、最終的には「仮面ライダー」としてのテーマに行き着いていて、すとんと落ちる。

平成という時代を生きた一人として、またメタ好きおじさんとして、「これは俺の為の映画だ」と思えるモノでした。感謝。

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TAGS : ジオウ 映画
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COMMENTS

Commented by ミスターグラブシ URL at 2019-09-01 21:03 #- Edit
Title :
TVの最終回でモヤっと残っていたものが冬の映画を経て全て解消された気分でした。
平成ライダーには確かに疑問に思っていたのも確かです。展開に無理矛盾があったり、初見の外見が賛否両論だったり、本編ぶった切ってコラボやギャグ回を挟んだり、パワーアップの強化アイテム入手がツッコミどころ満載だったり(え
でも最近はVシネや小説等でそれらの謎が明かされる機会が多くなりました。特にゴーストは全部見てから
の2週目がお勧めです。

『あの日本一のぬいぐるみ師』は野球で延長が度々あり当時一桁だった私は睡魔との戦いも頻繁でした(苦笑

恐らく今回の結末を迎えるまでにジオウの物語は何度も繰り返されてきたんだと思います。そう考えるとTVのラスボスが終始真の黒幕に利用されっぱなしだっとことになりますね…
Commented by TJ-type1@管理人 URL at 2019-09-08 17:02 #- Edit
Title : ◆コメントありがとうございます◆
>ミスターグラブシ さん
終わってから1話を振り返ると、ベルトの使い方を知っているはずだとウォズが言っていたり、ループの中でもウォズだけは記憶を改ざんされていない存在なのかなと感じますね。クォーツァーが別の時間軸から来たからこの世界の影響下に無いとか、そういうあれでしょうか。

しかし夏映画が最終ループだとするとテレビで剛とチェイスの関係が語られてしまうのはおかしいし、やはり深く考えだすと沼ですね(いつもの平成ライダー)。

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