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2018年 08月 03日
本日放送は「友情カプセル」「ジャイ子の恋人=のび太」でした。

「友情カプセル」は、取り付けた相手と親友になれてしまうというアイテム。ただし実際の使用を見る限りではかなり危険なモノ…。
ドラえもんを自分のモノにするため、カプセルをドラえもんに取り付けて言う事をきかせる事に成功したスネ夫。のび太はドラえもんからカプセルを外すために苦慮する。
「機械で友達を作るなんてかわいそうだね」のコマが、よくネタにされるお話ですね。それだけドラえもん=機械というイメージが作中の中で機能していない・させていない証左なんですよね。ドラえもんが取り出す道具は機械だったりロボットだったりと認識するのだけど、ドラえもん自体を機械だとかロボットだとかと認識することはとても少ない。ドラえもんはドラえもんでしかないという場所にまで辿り着いているのです。それをのび太だけでなく、読者側も同じ認識で受け取っている。
捉えようによっては、「機械とは」「ロボットとは」といった高度な人権問題をテーマにも出来るわけですが、そういうこともなくすんなりと受け入れている。割と初期のお話なのに。
「鉄腕アトム」後のロボット観を反映しているのが「ドラえもん」ってコトなんかなぁ。

「ジャイ子の~」は、ジャイ子がのび太に恋をした…のかもという騒動。
このお話、原作だと久しぶりにジャイ子が登場するので、「ジャイアンの妹の!」とか「漫画家になるのが夢」とか、今や当たり前となっているコトが改めて紹介されているお話でもある。
この話以降、ジャイ子の漫画家エピソードはちょいちょい出てくるわけですが、原作が長く重ねられるにつれて忘れられていたキャラクターの救済という印象が強いですね。
初期のジャイ子は粗野で乱暴な悪役として描かれているのですが(「未来の国からはるばると」「呪いのカメラ」)、後期は夢にまい進する人間味のあるキャラクターとして登場する。初期はのび太の失敗した未来の象徴として煙たがられる悪役としてのみの登場で、それも未来が変わったことで登場する必要性が無くなってしまい…という、扱いとしてはとてもひどい役だっただけに、F先生の優しさで救済したのかも…とも思えるわけです。この辺、実際の娘さんの成長によって意識変化があったりするのだろうか。
未来が変わったことでのび太は幸せになるけれど、そのしわ寄せをジャイ子という存在に全て押し付けていたのだけれど、この話以降のエピソードによって、ジャイ子の方も未来が変わって幸福になるのだと描かれているんですよね。しかも、作中もっとも自立した女性像を背負って。
誰かを不幸にして幸福になっても意味が無いという想いのようなモノが、実に「ドラえもん」的な未来像だなぁと感じ入るのです…。
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