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2018年 01月 08日
北都との戦争が始まり、幻徳は戦兎と万丈にも戦えと言って来る。てか、戦争吹っ掛けたのは幻徳さんなのに、実際に始まるや味方でもないこの二人に頼るとかもう…ホント幻徳さんって感じだわ。

戦争の道具にはなりたくない戦兎と、冤罪を晴らすためには仕方なしと思う万丈。本来なら幻徳さんらの悪事が露呈して冤罪だと明かされるはずだったのですが…だいたい全部スタークの所為です。

戦争に巻き込まれたくないという気持ちと、戦争の原因が葛城にも多分にあるという事実、目の前で傷付く人達という状況で想いは錯綜する。
戦兎は自分と美空の為、ビルドやフルボトルが人を傷つけるためのモノではないと証明する為に変身する。

戦兎は自分やビルドの事を「正義と愛のヒーロー」とちゃっかり言っちゃうタチなんですけど、こと戦争ともなると単純にその構図が当てはまらなくなる。これもまた“スクラップ”なのでしょう。
大戦中のキャプテンアメリカを思い起こさせる状況。

テレビでも映画でも「正義の」って言っちゃってるのが若干気にかかっていて、というのも「戦争ではどちらも自分が正義だという。だから仮面ライダーは正義ではなく人間の自由のために戦う」と初代「仮面ライダー」企画時に市川森一氏が唱えたコトがアイデンティティとして強いとボクのなかで印象付けられているから。

それを言ったのは石森先生ではないにしても、仮面ライダーとしてのアイデンティティであるには違いないし、この1クールほど、ちょっと気にかかっていたのですが、こういった展開になるって事は今まで構築してきた「正義のヒーローとしてのビルド」自体を破壊・スクラップして、「自由のために戦う仮面ライダー」を構築・ビルドしていく作業なのかなと思えてきました。

そんな仮説を元にやや文化史的な見方をすると、敗戦による価値観の大きな変化を経る事によって、戦後の日本のヒーローは仮面ライダーにしても月光仮面にしても、「自由の為」とか「正義(を成す人)の味方」だとかは言いますが、「ヒーロー=正義」という構図は使わなくなるんですよね(全てがとは言わんが)。

で、仮にこの「仮面ライダービルド」という物語において、戦争を経る事で「正義のヒーロー」から「自由の為のヒーロー」への変化を描くなんてコトがあれば、それは戦前から戦後の日本のヒーロー史観そのものを物語化、再構築(build)しているとも読み解けるかもしれない。
そうだったらいいなぁ…。

まぁ、そういうメタ的な、批評的物語が見たいなぁという個人的嗜好なのだけど。

仮面ライダー 各話レビュー
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TAGS : ビルド
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