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2017年 12月 14日
ゴジラの歴史において3度目のアニメ作品。
日本産として、映画としては初めてのアニメ化です。

ゴジラを筆頭に多くの怪獣に襲われた地球。
異星人の科学を借りて戦うも、ゴジラには打つ手なしで宇宙へと逃げ延びる。
20年近い宇宙放浪から地球へと戻って来ると、2万年もの時間が経ってはいたものの、まだ人類の共存しえない最悪の存在ゴジラは生きていた…。
ゴジラという絶望的に強大な相手に挑む、数少ない人類の物語。


当然、ゴジラを巡る者たちの物語なわけですが、所謂「怪獣映画」のフォーマットには則っておらず、SFアクション映画の敵役としてゴジラが存在しているという印象。

「シン・ゴジラ」が分かり易いのですが、日常の中に非日常としての怪獣が現れ、日常が崩壊していく様を見せていくのは「怪獣映画」としての定石。
ですが、今回の映画では冒頭から人類世界が破壊され尽くされていて、守るべき「日常」すらも存在しない中から始まる物語。
そういう意味では(狭義の)「怪獣映画」としてのカタルシスはあまり感じられない映画でしょう。
ずっとジャングルで戦ってるので破壊のカタルシスはほぼありません。というか2万年前に全部破壊し尽くしているので。

ここに「実写」「アニメ」の表現方法による物語の違いが見て取れる。

「実写」は観客と同調出来る“日常”を“現実”として描きやすいけれど、「アニメ」の場合はベースの日常シーンすらも“虚構”のモノなので、“虚構の日常”の中に更に“非日常としての怪獣”が登場しても存在として際立たないという問題点がある。メリハリが効かない。

勿論、オーソドックスな怪獣映画の様に作ることは可能なのだろうけれど(エヴァ的なそういうの)、それだと「怪獣映画の真似をしたアニメ」にしかならない。
ゴジラシリーズが他に存在していない状況であれば、そういった手も一つありだとは思うけれど(ウルトラシリーズ休止時のザ☆ウルトラマンみたいに)、実写としてのゴジラ映画(レジェゴジ、シンゴジ)が存在している中において、わざわざ怪獣映画のトレースをしたアニメ映画を作る意味は薄い。

だからこそ、このアニメ版ゴジラにおいては所謂「怪獣映画」の文法は踏襲していないのだろうと分かる。


お話はゴジラ討つべしと立ち向かう地球人・異星人の連合軍の戦いぶりを描く。
正直、いくら武器や兵の数が少ないとはいえ、その戦い方は戦術として如何なものかという印象をボクとしては抱くのですが…。被害前提の戦い方が基本で、太平洋戦争から全然進歩していない…のではと。
まぁ、だからこそそれは人類が敗北する必然というコトなのかもしれない。

今回のゴジラは「原爆」でも「原発」でも「戦争」でもなく、監督曰く「御神木」で、ゴジラ自体が地球の神様のような存在。であれば、人類が勝てるだけの力も意義もあり得ないとのではと見て取れる。
負けるしかない未来にぶち当たって、どう主人公が変化するか…みたいなコトを描くのかもしれない。

なにせ三部作の一作目なので、この物語がどこへ向かおうとしているのかも分からぬままエンドロールが流れてくる。
主人公たちに対する違和感も、意図的に仕込まれたモノなのか、あるいは天然なのか、まだ分からない。

より個人的な感想で言うなら「ゴジラの出番少ない」「アニメなので派手にやるかと思いきや意外とこじんまりまとまってる」「他の怪獣ももっと出して」などと思ったりしたのですが、そういったコトも総じて「三部作の一作目だからな…」という結論に至る印象。

一作目で描かれていることは序盤でしかないので(元がテレビ企画だったので、1クールアニメの4話目までぐらいかしら)、この時点で判断出来ることは少ない。
そういった意味では、とっとと次を見せてほしいのです。

メカゴジラとかアレとかソレとか。
本番はこれからなんだぜ~と、ひしひし感じるので。


また、もう一個メンド臭いオタクとして。
伊福部劇伴は、もう作品性のコトは一回忘れて、諦めて使ってほしいです。
ラスト、圧倒的に強いゴジラの見せ場で流してほしかったすね。

そうそう、こういう絶対に勝てないってゴジラが見たかったんだ!というあのシーンで。

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TAGS : 映画
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