2017年 02月 06日
ジニス様と再びの直接対決をすることとなったジュウオウジャー。
戦いの中で、ジニス様の正体はメーバの集合体であることが分かる。

クバルは実は復讐者で、アザルドは実は宇宙の破壊神、ジニス様は実はメーバ集合体…と、デスガリアン一家の当初の姿は全て偽者であることが明らかとなりました。
これは、ジュウオウジャーが「野生開放」という自分の“本当の姿・心”を露わにして戦うのに対し、デスガリアンは“本当の姿・心”を隠していたのだという対比、対照になりますね。

ナリアだけが(少なくとも今回までの描写を見る限り)何も嘘をつくことなくいたので、テーマ的にはジュウオウジャー側との和解もあり得たように思いますが、最期はジニス様に始末されてしまう。


ジニス様の正体はメーバ集合体。
最強生物と豪語するお方が、実は最弱のメーバであると。
本人はその事を卑屈に思っていて、正体を知られることも、同情されることも耐えられない。

しかし、これは弱い生き物が群れを成すことで強くなるという、動物としては当たり前の習性であり、地球でも多くの動物がそうしているし、ジュウオウジャー自身も自分たちを「群れ」と言っている。
つまり、「弱いからこそ群れる」という意味においてはジニス様もジュウオウジャーも同じなのです。

であれば、両者の違いとは何かというと、劇中で言っているように「絆を自ら断ち切っている」とか「他の命を踏みにじる」というのもあるでしょうけれど、最も明確な違いは上述の、ジュウオウジャーが本当の自分をさらけ出す本能覚醒である事に対して、ジニス様は最期まで自分自身をコンプレックスに思ってひた隠しにしようとしていた事ではなかろうか。
本来同じはずの両者ですが、僅かな考え方、捉え方の違いで、「群れ」を誇れるか、あるいは卑屈に思うかに分かれてしまうのだなと。

地球パワーを味方につけてジニス様に勝利したジュウオウジャー。
王者の資格で二つの世界を繋ごうとすると、繋がるどころか世界は融合してしまう。
この前のプリキュアで「それはアカン」って言われてたやつでは…。

とはいえ、地球の意思でそうなってしまったモノはとりあえず仕方ない。人間とジューマンが仲良くやっていけるようにするかと切り替える一同。
目的通り、家族の元へと帰るに至る。

◇◆◇◆◇

といった風に、世界が融合した最終回。
最後は意外と大胆に終わりましたね。

お話を最後まで終えて気になったのですが、ジニス様とジュウオウジャー自体の因縁というモノが凄く薄いのだなと。
せいぜい操とジニス様との対比・因縁ぐらいで、他のメンバーとは特に関連が無いまま最後まで戦い抜きました。そういう意味では、対決のドラマ自体はとてもあっさりとしている。

近年のシリーズを思い返してみても、これだけ因縁の浅いラスボスはかなり珍しいです。ニンニンは先祖代々だし、トッキュウはライトが1号になる前に皇帝と出会っているし、キョウリュウではキングの父が元々戦いに向けて動いていたし、ゴーバスは言わずもがな…。
物語が進む中で主人公がラスボスとの関係性を思い知るというのは作劇の定石なのですが、「ジュウオウジャー」ではそれを作らずに最終戦に挑んでいる。

何故かしら…と考えるに、おそらく主人公の大和とジニスに因縁があってはテーマに反するからではなかろうか。

ジュウオウジャー終盤で明かされた真実は、“大和とジニス様に昔そんなコトが!?”みたいな定石ではなく、“大和と父親、そしてバドの繋がり”でした。
「ジュウオウジャー」作中では「命の繋がり」というモノを大事にしていて、それに関しては全肯定しているんですよね。
「命の繋がり」とは、「絆」と同時に「食物連鎖」の事も示唆されているので、「暴力(食うために殺す)=悪」という否定は出来ません。生態系の中の関係については善悪を抜いて肯定している。

もし仮にジニス様と大和に昔関係があったとしてしまうと、「こっちの命の繋がりは肯定しているのに、あっちの繋がりは否定する」という、ダブルスタンダードになってしまいかねない。
仮にジニス様から昔ワルいコトされていても、それも含めて「今の自分」や「繋がり」があるので、安易な否定はテーマを破壊しかねない。
ので、こう書くと元も子もないのですが、「悪い因縁については描かず、良い因縁だけを描く」事によって、テーマを成立させているのだなと思われます。

結果、ラスボスとの関係性はあっさりとしたモノになったのではないか…と。
まぁ、ジニス様との和解エンドという可能性があれば大和達との関係性の話を作れなくもないけど、これは前作がやっているし、「今作はめっちゃ悪い敵を描くで!」というテーマで作っているらしいので、それもまた無かったのだろうと。
構成とは大変なモノであるなぁ。

◇◆◇◆◇

シリーズについて思い返してみると、かなり真面目というか上品な作風だったなぁと感じ入ります。「重い」とか「固い」ではなく、ね。
あまり遊びなく、オーソドックスに、そしてテーマに忠実に真摯に作られたシリーズだったかなと思います。

ただ…オーソドックスで上品過ぎるからか、40作あるスーパー戦隊の中にあって「ジュウオウジャー」らしさなるモノがやや薄い印象も抱く。もそっと明確に「ジュウオウジャー」にしかない何か、“売り”のようなモノが提示されても良かったのではないかなぁとも思うのです。

ジュオウジャー特有の要素で一番に上がるのは、おそらく“ジューマン”だと思うのですが、振り返ると意外とジューマン態の出番も少なかったですし、割とみんな常識人なので文化衝突もあまり無かったなぁと感じる。
ジューマン態は面白いけど、せっかくなら若い役者に芝居させてやりたいという一種の親心が働くので、少なくなってるのは分かりますけどね。
また、2つの文化の違いという話は同時期にプリキュアさんがやっているというのもあって、余計に少なく感じるのかなとも思われ。

個人的な嗜好を言うなら、もそっとふざけたのも見たかったかなーという気持ちもある。
あるけれど、この辺は前作「ニンニンジャー」との差別化という影響もあるので、上品で真面目な方に振れるのは仕方ないかなと。(ニンニンはニンニンで真面目にやってましたけども。やってましたけども!!)

そんな感じで、とかく良くも悪くも、“真面目”で“オーソドックス”である事を貫いたシリーズだったかなぁと、ボクは思うのでありました。

ま、いつも書いてますが「カーレンジャーが一番」だと思っている人の印象なので、ホント信用ならない。


といったところで。

「動物戦隊ジュウオウジャー」レビューを終えます。

制作者、関係者各位の皆さま、どうもありがとうございました。

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