2016年 08月 07日
12年ぶりの国産ゴジラ映画「シン・ゴジラ」。
とりあえず2回ほどキメて参りましたが、大変楽しかったです。

個人的な気持ちとしては2014年の「GODZILLA ゴジラ」の方が10年間のブランクの分、かなり切羽詰まった思いで映画館へ足を伸ばしただけに、今回はもうちょっと気楽な気持ちで見に行けました。
レジェンダリー版ゴジラがシリーズ化決定しているだけに、仮に国産ゴジラがコケても生きては行けるぞてなもんで。

そんな風に見に行ったゴジラは、スペクタクル溢れる中で、ギョッとしたり、愕然としたり、手に汗握ったり、と楽しい体験を届けてくれました。
凄まじい情報量の波から上がって落ち着きつつ諸々考えていくに、嗚呼、これが2016年の日本のゴジラなんだなぁ…としみじみ思うのでした。


■POLITICAL ACTION

今回の「シン・ゴジラ」は、怪獣の全く存在しない(怪獣映画すら存在しない)世界に、巨大不明生物が登場したら政府はどうするのかをリアリスティックに描いたポリティカルアクションです。
コンセプトとしては1954年の初代「ゴジラ」よりも、1984年の復活「ゴジラ」に近いように感じます。
84ゴジラよりも視点を絞って、よりリアルに、よりカタルシスある災害映画として仕上げている。

ボクが「シン・ゴジラ」でとかく嬉しかったのはこのコンセプト。
20年来ずっと見たかった怪獣映画の姿がそこには詰め込まれておりました。

好きで怪獣映画を見続けて来ながら、しかし年齢を重ねるに連れ、その怪獣映画特有のお約束、トンデモさに忸怩たる思いを抱き続けても来たわけです。多くの人間はそこで見限って卒業していくのでしょうけれど、こじらせた人間というのはそれが出来ずにおるのだから厄介です…。

怪獣映画特有のお約束を排した怪獣映画というのは、これまでの怪獣映画史の中でも幾度か作られていて、具体例を挙げるのであればトライスター版「GODZILLA」にレジェンダリー版「GODZILLA ゴジラ」、そして平成ガメラなどが分かり易い例でしょうか。
怪獣映画としての文法が存在しないハリウッドのゴジラと、ゴジラに対するカウンターとして誕生したガメラでは成しえているコトが、本家ともされる東宝のゴジラの中ではついぞ実ってはいなかったのです。各作品で所々チャンレンジしている節はあるのですがね。

別にリアルさを求める事が良いとか悪いとかではありません。
単純に、今までのゴジラシリーズでは、成そうとしつつも成しえていない一つの課題だったというコト。
そして今回の映画では、遂にその課題を成し遂げている。
ゴジラ映画というジャンルの中でも大きな成果だと思います。

これまでのゴジラ映画は全て初代「ゴジラ」の続編となっていましたが、今回のゴジラは完全なリブートされた世界でのお話。
「今までの作品は初代ゴジラの呪縛から逃れられなかった」とは樋口監督の言ですが、その呪縛から逃れたコトで成立したコンセプトとその具象化だったようにも感じます。

その映像の数々から、「そうそう、こういう怪獣映画が見たかったんだ! 感謝ッ!!」という気持ちで胸がいっぱいになりました。嬉しかった。


■HISTORY

見た方々から「エヴァっぽい」と言われる「シン・ゴジラ」。
まぁ同じ演出家が作っているし、そもそも「エヴァ」が怪獣映画をアニメで作っちゃおうというノリでしたので、そう思うのも当然。

また個人的な嗜好で書くなら「『踊る大捜査線』みたいな怪獣映画」でした。
「踊る」は刑事ドラマのお約束を排除してお役所仕事としての警察組織を描き、本来なら話の中で不必要になりがちな会議・書類・判子などの「手続き」をエンターテイメントとして見せるのに長けた刑事ドラマでした。
見せ方やコンセプトが「シン・ゴジラ」と非常に似ているなぁと感じました。

そもそも「踊る」自体が「エヴァ」や「パトレイバー」を参考にした作品で、テレビ版の劇伴ではエヴァのBGMをそのまま使ったりのオマージュもしていましたっけね(ソフト版、劇場版ではよく似た新規BGMに)。
この映画でもあの劇伴が流れたので「うわぁぁぁぁ」と歓喜してしまいました。

といったトコロに思い至ると、「エヴァ」→「踊る」→「シン・ゴジラ」といった系譜が見えて、エヴァに影響を受けた作品から更にフィードバックされたモノがゴジラに活かされているように見えて、とても熱い。「踊る」信者としても熱い(ぇ)。

また、岡本喜八作品の影響も大であるとは言われていますし、怪獣映画や特撮番組だけでなく、これまで存在した多くの日本映画・テレビ・その他諸々の知恵の集合体、集大成のような印象すら受ける。

庵野監督が完成記者会見で「日本映画」という言葉を沢山使っていたのですが、それはこの映画が日本人向けに特化したテーマというだけでなく、多くの先人たちに支えられて生み出された新しい映画だからではないかと…そんな風に思えるのでありました。
出演者に映画監督が多いのも、この映画が多くの日本映画に支えられている様をメタ的に意味しているよう見える。


■CHARACTER

今回の映画は初代ゴジラの呪縛を逃れた作品の為、ゴジラというキャラクターすらも初代の影を追う必要がなくなり、新たに想像することとなっています。

54年のゴジラは「水爆」や「戦争」を想起させるキャラクターでしたが、今度のゴジラは「災害」「原発」を直球で思わせるキャラクターに。

上陸シーンで鎌田の呑川を逆流するシーン(余談ですが大好きなシーン)は“津波”が遡上する様ですし、放射能を撒きながら暴れるゴジラは暴走する“原発”そのものです。
初代「ゴジラ」がビキニ環礁の水爆実験から生まれたのに対し、「シン・ゴジラ」は東日本大震災から生まれたのがありありと語られます。

ゴジラファン的にも、改めて考えるとこれは結構革新的で。

エメゴジでもレジェゴジでも「原子爆弾」はゴジラという存在に密接に関わるモチーフだったのに、シンゴジでは原爆はその誕生に一切関与していない設定になっているのです(今のところ)。
レジェゴジもかなり“3.11”を意識した内容になっていますが、きっちり54年のビキニ水爆も入れています。かなり原典準拠です。

対してシンゴジは完全に“3.11”に振り切っている“ゴジラ”で、これまで存在した“水爆大怪獣ゴジラ”のキャラクター性すらも全く違うモノにしてしまっていると言える。
何だったら、同じ名前と似たような姿をしているだけで、全然別の怪獣なんですよコイツは。
いやぁ、東宝もかなり英断したなぁ…と。

還暦の60歳で人は生まれ変わると言われていますが、ゴジラも還暦で全く新しいゴジラにようやっとなれたのだなぁと。

それもこれも、初代「ゴジラ」が1954年の観客に向けた映画であるのに対し、「シン・ゴジラ」は2016年の観客に向けた映画であることを心掛けたという意味なんですよね。
この観客の傷を抉るような映画体験は、2016年に生きている日本人だから伝わるモノで、30年後のお客が見て感じるモノでは無いのでしょうなぁ。

そう思うと、20年来こういう怪獣映画が見たかったとはいえ、10年前、20年前にこういう映画が作れたかと言えば無理だったろうな…という結論に達してしまう。
勿論、天災はいつの世にも起きているので、どれをモチーフにする事も可能ではあっただろうけれど、原発事故のそれは他の災害・事故とは比べ物にならないほどゴジラというキャラクターとの親和性が高かったのです。
あの共通体験無しに映画を作っても、今回のような傷の抉り方は出来なかったであろうと思うのです…

まさに2016年の今ゆえの怪獣映画なのだと。


■LAST CUT

見る前は「新世紀エヴァンゲリオン」のイメージが非常に強い総監督なので、とことん特撮をこじらせたワケの分からん怪獣映画になっているのではないかと期待(?)していたのですが、思いのほか万人向けに出来上がっていて相当(ぉぃ)驚きを持って楽しみました。
いや、音関係ではちょっと特撮オタクをこじらせたような演出をしてはいますが…(あれは現実に対する「虚構」なんだという説もあり)。

説明を省いてハッとさせるトコロといえば、映画本編のラストカットでしょうか。
あれは色々な意味に取れて楽しい。

とりあえずパッと思いついたのは2つあって。

1つは、ゴジラが人間になろうとしているのではないか説。
地球上で最も進化した完全生物のゴジラ。そのゴジラが自分よりも凶悪な存在として人間を認め、その姿を模倣したのではないか…と。

も1つは、ゴジラは元々人間だったのではないか説。
作中、ゴジラは震災や原発のメタファとして扱われているけど、どうやって誕生したのかという起源は語られていない。「古代の生物が生き残っていたのでは」という初代と同じ推測が成されているだけで証拠は無い。

2001年の「ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃(以下:GMK)」では、「ゴジラに太平洋戦争で死んだ者達の怨念が取り憑いて日本を滅ぼしに来たのではないか」と語られていましたが、元が人間だと破壊行動に筋が通るんですよね。
今回のゴジラは災害だから人間的な意図など無い! という説も分からんではないが、個人的には元が人間であったら気味悪さが増大するので期待してしまう。

身長が118.5mという半端な数字は、旧帝国海軍の陽炎型駆逐艦の全長と同じ長さであると言われています。エヴァでキャラクターに戦艦の名前を付けていた庵野監督らしい仕込みではないかと考察されている。
陽炎型駆逐艦で最も有名なのは、撃沈されずに戦後は復員船としても利用された“雪風”という艦です。艦これ? 知らぬ。

撃沈されなかった事も、復員船として利用された事も、どちらも素直に考えればポジティブな意味付けになってしまうので、今回の恐ろしいゴジラのモチーフとしては当てはめにくい感もありますが考えてみる。

陽炎型で唯一沈まなかったコトから“不死身”を意味する存在としてのゴジラか。
あるいは復員船として戦争の傷を本土に送り届けたコトから、戦争の記憶を蘇らせる存在としてのゴジラか。

後者は我ながらやや強引だけど、ゴジラが元は人間ではないかという案やGMK大好き人間のボクとしては、割と有りなアイディアです。

基本的には震災・原発のゴジラなんですが、その設定だったりには戦争の匂いも残っているように見える。
ラストカットのアレは悶え苦しむ人間のようで、まるでピカソの「ゲルニカ」であった…。


■GENERATION

てな感じで思いついたことをパラパラと書いているだけなワケですが。
とても幸福な映画体験をしているなと、これを書いている現在進行形で感じています。

2014年には「GODZILLA ゴジラ」が世界的にヒットしてシリーズ化。
2016年には「シン・ゴジラ」が公開されて評判が大変よろしい。
同じ時代に2つのゴジラが同時に存在しているのです。

おいおい、こんなことが有り得るのかよ。
2000年代の苦しい時代を知っているだけに、ちょっと信じられないムーブメントを感じています。

ヒーローゴジラを現代に蘇らせたレジェンダリー版ゴジラ。
人類の脅威としてのゴジラを蘇らせたシン・ゴジラ。

どちらもこれまでゴジラというキャラクターが育んできた要素を受け継ぎつつ、現代の物語の中で新たに蘇らせている。
相反するとも言われている二つのゴジラのキャラクター性を、日米二つのゴジラが分け合いながら成立させている。
面倒くさい怪獣ファンの全てが幸福になれる時代ではないだろうか。
まさかこんな時代が来るとは…。

前に「ゴジラ30年周期説」についての記事で、これから10年近くはゴジラが強い時代が戻ってくると予想こそしていますが、質と人気を両立した日米ゴジラが居並ぶ様は夢のようです…。

数年前から毎年のように怪獣映画が公開されているこの現代。

嗚呼これはもう死ぬのかもしれん。

そんな風に思わせてくれます。

嗚呼…

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COMMENTS

Commented by クズマ URL at 2016-08-07 00:55 #- Edit
Title :
 自分も2回ほど見てきましたが、傑作でした!
 2回見たのはいろいろチェックしたかったということもありますが、「お布施」でもありますね…。こういう映画が増えて欲しい、という祈りとも言えるかもしれません。初回、2回めともにIMAXでしたが、2回めのほうが圧倒的に観客も多く、「これは…売れてきている!」と嬉しくなりました!一般人はともかく、オタクの人は見てほしいなぁ…。

 さて10年近く死んだコンテンツであった「ゴジラ」が、ここに来て奇蹟の復活を遂げましたね…!ぜひシンゴジラにはクウガのような存在になってほしいものです。もちろんアメリカ版ゴジラにもどんどん新作を出して欲しいですね。まさにゴジラ時代…世界が再びゴジラに追いついたのだ…。

 そしてゴジラ人間説は自分も推したいです。牧五郎そのものでもいいんじゃないかなぁ…と自分は思っていますがw。牧五郎には岡本喜八監督の写真が使われているので「シンゴジラは岡本喜八が映画で語ろうとしたことを肩代わりした存在、あるいは岡本監督そのもの」だとなんとなく思っていますね…。でもそうするとけっこう気持ち悪いというか…。岡本監督は訓練兵学校時代、13人の友人を目の前で焼夷弾に焼かれて殺されています。この時の「怒り」は岡本監督のすべての作品に現れているといえますね…。それを踏まえると、米軍の地中貫通弾がゴジラに当たる→ゴジラが米軍戦闘機を叩き落とし、東京を火の海に変える…という流れはあまりにもストレート過ぎる表現なのでは…と感じてしまいました…。ストイックな庵野監督らしいですが、岡本監督はこれ見たら怒りそうだな…となんとなく思いましたね…。そういう「危険な」描写はこの作品かなりあると思います。

 でもこのストレートさはやはり恐怖に繋がっていますね。怒りに繋がっているといえるかもしれませんが…。それでもゴジラの恐怖を描き、忘れられない作品になったと思います。ぜひ次のゴジラにも期待したいところですね…。
Commented by TJ-type1@管理人 URL at 2016-08-07 03:27 #- Edit
Title : ◆コメントありがとうございます!◆
>クズマさん
広い層に見てもらうと同時にマッドマックス的なリピーター勢にも頑張ってもらって、なんとか日本市場でのブランド価値を上げてもらいたいですねぇ…。ただ、10年前にお前らどこに隠れとったんやという恨み辛みが無いわけでもないのですが(ぇ)。
願うべくはこの予算規模の怪獣映画がハリウッドと日本で交互に作られたらありがたいのですが…などと思う次第です。

岡本喜八監督の戦争への憤りを感じると、たしかにあの空爆シーンは色々と感じ取れてしまうやましれませんね。70年ぶりに日本が空爆されるけど、またアメリカかぁなシーンだと思ってました。いや、そういう見方があったんですね、なるほど…。

ボクはあのシーン、「あー防衛庁協力映画だから空自戦闘機の撃墜シーンが出来ず、代わりに米軍の空爆機で代役にしてるんだなー」といううがった見方してました。
Commented by kanata URL at 2016-09-07 02:47 #KqigePfw Edit
Title : 熱い鼓動を掻き鳴らせ
 本当に、すごい映画でしたねぇ……単純に映像面の破壊力もすごいし、そのうえでストーリーにも手を抜いていない。
 ほぼ間違いなく、初代を除けばもっとも完成度の高いゴジラでしょう。実際のところ映像面やドラマ作りがここまで進歩している以上、ひょっとしたなら初代を超えたゴジラですらあるかもしれません。
 本当に、すごすぎる。

 もちろん突っ込み入れようと思えば入れられる箇所はあるし、もちろん細かい不満はいくらも言い立てられる余地あるんですけど。
 それら全てが、結局どうでもよくなるくらい、完璧でした。

 ……その上で、あえてこれだけ、どうしても一つだけは、言いたいことがあります。
 現代日本で誰も「ゴジラ」という名を知らないとか、ましてや「怪獣」という単語すら存在しないとか、それはさすがにファンタジーにも程がありすぎませんかねえ!?

 ゴジラが存在しなかった世界を描きたいのは分かるんですけど、ここまで市民権を持ってしまった言葉と概念が存在しないというのは、そのこと自体がとっても「嘘くさい」んですよ……
 いやウルトラマンとか多くの戦隊とかでも覚える違和感なんですが、今度のゴジラが描いていたのは、ことさら現実世界へ根ざした日本の姿なだけに余計どうしても……。

 と、どうしても抑えられなかった唯一最大の不満を吐き出したうえで、よかった部分はあまりにたくさんありすぎるから、かえって書けないわけですが。

 あまりにたくさんある中でも、特別に強く印象に残ったのは、自衛隊のすさまじすぎる射撃精度でしょうか。
 ……ええと、撃った弾、全部一つも外さず、本当に全て命中させてますよね? 報告はみんな「全弾命中」ですし、その台詞がない部分でも、外れた射撃が一切まったく見当たらない。

 まあ自衛隊ならもしかして、いや「この自衛隊」ならきっと間違いなく、それをやってのけるかなって信頼感がなかなかに気持ちよく。
 そしてまた、それだけすごい射撃を決めているのに、文字通りの意味でゴジラはノーダメージという絶望感もまさに悲壮の域でした。
Commented by TJ-type1@管理人 URL at 2016-09-17 23:01 #- Edit
Title : ◆コメントありがとうございます!◆
>kanataさん
平成ガメラでは「怪獣見たいなら映画館で見な」という台詞がある通り、怪獣映画自体は存在する世界でしたっけね。
今回はハリウッド版の2作がそうしていたように、ゴジラという概念からリセットして、もはや1954年からのゴジラは捨て、2016年のゴジラを作り上げようという気概を大事にしているんですよね。
そもそも「怪獣」という言葉に「巨大な怪物」の意味を付与したのは他ならぬゴジラ以降のコトなので、ガメラ世界に怪獣という言葉があるのは自然でも、初めてゴジラが来る世界に怪獣という言葉が当てはめられるのはやはり不自然なのでしょうね。

攻撃にビクともしないゴジラに絶望感と共に「やったぜ!」「ゴジラさんはそうですよね」という気持ちだったので、米軍の攻撃が効いたときは「え、米軍こわっ!」と思いました。バランならあの一撃で死んでましたね…。

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