2016年 05月 07日
書くタイミングが合わず、公開からえらく時間も経ってしまったのですが、簡単に書き記しておこうかなと思いたって「新・日本誕生」について。

基本的には原作の大長編に沿った流れで進んでいきます。
家出するために7万年前の日本へとやってきたのび太たちが、人のいない日本で自分たちの世界を作って行く。
しかし、当時の人々を連れ去って行く謎の預言者ギガゾンビと対決するコトになる…。


日本列島と大陸が繋がったビジュアルに子ども心にとても感銘を受けた記憶があって、「日本誕生」はボクとしては一番思い入れのある大長編であります。
普段知っている世界のはずが、ファンタジーや未来といった空想の世界に行かなくても違った世界へと生まれ変わってしまうのだというワクワク感が、あの繋がった日本列島の地図には詰まっていて胸が高まったのを覚えていますね。

そんな大好きな原作なんですが、好きゆえに頂けない部分にも気付いてしまうワケです。
原作大長編では、ギガゾンビと対決するも敵わず、のび太が持っていたタイムパトロールの呼び出しボタンによって全てが解決するという終幕を迎えます。
あっさりと全てが逆転してしまう面白さも分からなくはないのですが、娯楽映画として考えた場合、大した伏線も張っていなかった助っ人に助けられるとか、主人公が最後の最後まで頑張るという描写が抜けていたりしてカタルシスが生成しづらい。
だもので、この終盤の展開に関してはもうちょっと何とかならんかな~…というのが常々思っていた正直な気持ちです。

今回の映画ではその終盤がどうなっているのか…が非常に気になるポイントでした。もしかしたら旧映画同様に原作通りなんてコトにもなっているかもしれないですから…。
しかして、それは杞憂に終わり非常に安心しました。

今回の映画ではそれらの問題点が全てクリアされていて、TPに頼らず、最後の最後まで主人公たちがギガゾンビと対決して世界を救うという娯楽映画のカタルシスがきっちりと出来上がっていました。
当然それは原作には描かれていないオリジナル部分なわけですが、見ながら「そうそう、こうでなくっちゃ!」と思うぐらいには映画として自然な展開だったと思います。


もう一つ原作にはない部分として、家族の描写があります。
家出をしたのび太を案じる親の描写がしっかり入っていて、ジンと来るとともに、親の視点を気付かされる。

「ドラえもん」は30年以上も放送し続けているおかげで今や2世代、あるいは3世代コンテンツであるとも言われています。
映画館にやって来るのは子どもだけでなく、当然その親御さんも一緒です。であれば、その親御さんをも楽しませる工夫というのが映画には必要になってくるのです。リニューアル以降のドラ映画ではその部分が如実に感じられるようになっています。

そういった描写のおかげではたと気付かされたのが、ラーメンのスープ。

原作を読んでいるときは、凍える雪山の中で熱々の食べモノを欲して見てしまう幻覚…としか思っていなかったのですが、今回の映画ではのび太が両親の温かさに気付いていなかった、温かさや優しさを取りこぼして捨てていたコトに気付くドラマシーンになっていました。

このシーンを見てボクはガツンと殴られたような衝撃を受けました。
原作は何度も何度も読んでいるというのに、こんな解釈をした事は一度も無かったからです。そんな意味合いを見つけ出すようなシーンだとすら思っても見なかったのです。序盤にラーメンのくだりがあるならまだしも、回想でいきなり出て来るだけですからね。
それをこんなヒューマニズムあるシーンに解釈してしまうのかと…そんな余地があったのかと悔しい思いでした…。
こう見せられたら、もうそうとしか見えなくなって来ますからね…やられた…!

既に知り尽くしておるわ! と思っていた原作から新しい発見をしてしまう映画でした。
どちらかというと原作準拠な映画だというのに、こんなコトもあるのか。いや、むしろ原作準拠だからこそ新しい視点が際立つ。

ボク個人としてはどちらかというと、原作通りに作るアプローチは旧作映画がもうやっているコトだし、大長編の原作があるモノはがんがんオリジナルぶち込んでイイじゃんと思っている派です。
が、今回の「新・日本誕生」は原作改変推進派も、原作原理主義派も、どちらも楽しめるぐらいの非常にバランスの良い映画に仕上がっていたように感じました。
というか、原作準拠にしつつ現代の映画にするという作業において、相当良く出来ていたと思います。見事です。


簡単にと書いた割には長いか…。
そんな感じの印象でした。
来年はオリジナル…ですよね?
そちらもまた楽しみにしたい。

 
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COMMENTS

Commented by kanata URL at 2016-05-14 16:39 #KqigePfw Edit
Title : 陽が照っていた 一億年前も
 かゆいところに手の届く、見事な原作補完リメイクでしたよね。
 基本線はほとんど変えないままで、なおかつ元の完成度も高いところを、さらに高めているというのがすごい。

 両親の視点が強化されていることに加え、当時は大人の介入により解決していた冒険を、子供の力メインで改めて完走させるという点からも、「かつての のび太君たちへ向けた」回答編の意味合いが込められていたように感じます。

 ただ一点、これだけあちこち補完したならもう一か所、「のび太たちの家出先とククルの出自が全く同じ時間」というご都合主義にも回答のほしかったところではありますが。
 何しろこれ、作中でもツッコミの入れられている要素なのでかなり目立ちますから。
(「せっかく古代に来たのにもう人間がいたのか」「いや、別の時代の出身かもしれない」←このやり取りから調査して、やっぱり同じ時代どころか、時間も完全一致で地域が違うだけだったよというのは……)

 調査結果を時代も違ったことにしてヒカリ族の捜索前に時差調整をするとか、あるいは家出先を決める際、時空乱流のせいで行き先も制限されたことにするとか、理屈のつけようはあったはずですし。
(時空乱流を突破した直後、ドラえもんかタイムマシンに「まだ空間が安定してない、七万年前ならすぐ出られる」といった形で誘導させるだけでも、とりあえずの回答にはなったわけで)
Commented by TJ-type1@管理人 URL at 2016-05-22 22:26 #- Edit
Title : ◆コメントありがとうございます!◆
>kanataさん
もう一万年足して七万年前にしようという謎会話をどうしても活かしたかったのかもしれません。
時空乱流によってその時間の出入りできるポイントがあの時間しかなかったというのが、やはりそれらしい解決法でしょうか。そもそも本当に7万年前なのかもドラえもんのタイムマシンのことですので怪しいもんです。
ドラえもんがやって来たことでによって、21世紀と7万年前のあのポイントだけが無事にルート開通していたと見てもよいかも。映画上はククルの方が先に時空間に吸い込まれてますけど、時空間の中で時間の概念は意味を成さないでしょうから。
ん、考えるとややこしくなってきた…。

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