人間をロイミュードと同じにしようとしていた蛮野に対し、ハートはロイミュードが人間を超越しなければ意味が無いのだと言う。
蛮野もハートも人間を支配しようという意味では共通していたけれど、その在り方においては全く違っていて、そこに対立し、そここそが勝敗のポイントでもあったというのが分かる。
ハートも人間を支配しようとしてはいたけれど、蛮野のように人間という存在を否定するのではなく、人間の事を認めていた。
それは人間が好きだったってコトに他ならない…。
ロイミュードは人間をコピーする。
ならばロイミュードの悪意は元々人間が持っていたそれ。
ロイミュードもまた悪意ある人間の被害者と言えるではないか。
進ノ介にはもはやハートと戦う理由が無い。
倒すべきは人間の中にある“悪意”。
シリーズの初期は、犯行を行うロイミュードとコピー元の人間が別々に存在していました。これはヒーロー番組としても刑事ドラマとしても、やや複雑でややこしい設定だなぁ…と思っていたのですが、そこにこそ「ドライブ」のメッセージが表れていたってコトなんですね。
ロイミュードは人間の“悪意”が実体化した存在。
仮面ライダーが倒すべきは“悪意”であり“悪人”ではない。
どんな人間であれ悪意のみの人間などは居ない。
だから、悪意と人間の部分を切り分け、仮面ライダーは悪意のみを消し去る。
ドライブは始末屋ではなく刑事だから、人間の断罪はしないのです。
コアに傷を負っていたハートは死の間際に進ノ介という人間の友達を得る。
毎話泣き所を持ってきおりますなぁ…。
最初から最期まで敵役としてブレず、改心するわけでもなく、しかし主人公と分かり合う…。
改心して仲間になったチェイスとはまた別のアプローチですね。
実に少年漫画のライバルキャラっぽい。
ベルトさんはドライブやマッハの装備を人類が正しく運用出来るようになるまで凍結するという。
そんな…どうせMOVIE大戦で解凍するんでしょう?
…と思いながら見てしまう自分の心がちょっと哀しい。
今まで「進む」事を劇中善、「停止」する事を劇中悪として描いてきたのに、最後にベルトさんが凍結されちゃうんすか…?
という疑問もちょっとあるんだけど、これは進ノ介が前に進む為ということかな。前の進ノ介ならベルトさんと別れて停止しちゃっていたかもだけど、今の進ノ介ならまたすぐに走り出してくれる…と。
映画で復活劇を盛り上げる為、ここは一旦かがんでおく…という風にも見えるというのはさすがに穿って見過ぎか。心が荒んでる。
「キョウリュウジャー」では最終回で主題歌が重要なアイテムになっていまして、さすがに今回も皆で熱唱とはいきませんが、「♪雨上がり Break Cloud 隙間から」と主題歌の歌詞に合わせた描写をはめ込んで、テレビ番組としての要素を欠かさず回収している様は美しいです。
しっかり結んでくれる綺麗な最終話になっているなぁと思います。
ありがてぇありがてぇ。
次回はゴースト登場の特別篇でありますが、どういう感じになるのか。
⇒
仮面ライダー 各話レビュー
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