2013年 07月 23日

世界の破壊者ディケイド…
九つの世界を巡り、その瞳は何を見る…

小説仮面ライダーシリーズとして刊行されております「小説 仮面ライダーディケイド」を読了致しました。
各平成ライダーの世界を巡り、通りすがるだけで自分の物語を持たないディケイド。
しかし、この本の中ではそのディケイド自身の物語が語られている…そんな一冊と言えるでしょう。

小説 仮面ライダーディケイド 門矢士の世界~レンズの中の箱庭~ (講談社キャラクター文庫)小説 仮面ライダーディケイド 門矢士の世界~レンズの中の箱庭~ (講談社キャラクター文庫)
(2013/04/11)
鐘弘 亜樹

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物語は門矢士の視点で描かれる。

テレビシリーズでは横柄で偽悪的だった士ですが、この本では士の暗い部分や陰鬱な部分が重点的に描かれています。
とはいえテレビシリーズともまた違う設定で造られている為、この士がそのまんまテレビシリーズの士と同期していると考えるのはちょっと難しく感じる。
ディケイド的に言えば“リ・イマジネーション”化されているというか…。
この小説自体がリ・イマジネーションされた“ディケイドの世界”という解釈も出来るかもしれない。

要するにテレビとは別個のモノとして受け取る必要があるのだと…。




内容は士の陰鬱とした苦悩を中心に描かれているため、かなり暗い印象。
しかしテレビシリーズのテーマである“自分探し”という主題を真正面から描いているなと感じる。
暗いけど…。

世界に受け入れられない、世界を受け入れない士のウジウジとした感情が他世界を巡る中でさらに浮き彫りになっていくという装い。
小説だけあって、この辺の心理描写は分かり易い。
暗いけど…。

ただ、この辺でテレビシリーズとの差異というか…この小説で描かれる“門矢士”像と、自分の中にある“門矢士”像との違いを感じてしまい、どんどん士の内面が言葉で描かれていくほどに、ボク個人の中にある“門矢士”像が矮小化してしまうようで辛かった。

テレビシリーズでは、視聴者は夏海の視点を介して士を見ていたので、士の内面性というのはあまり見えなかったんですよね。
だからこそ、普段は偽悪的に振る舞っていながら、クライマックスでヒューマニズムに目覚めた言葉を使うという、どんでん返し的なキャラクターが成立しているわけで。
常に思考や感情が分かってしまうと、そのキャラクターの反転が成り立たないんですよね。
だから小説で描かれる士は、ひどく弱々しくて脆い“普通の人”になってしまっている。

テレビで見れるようなカッコイイ士はここに無い。
だからテレビと小説はあくまで別個として捉えないと辛い…。

でもそれは、ボクとこれを書いた作家との捉え方の問題でしか無いのですよね。
テレビとは違うのだと割り切って、こういうコンセプトで書こうと決めて、それを描き切ったというだけの事なんですよね。
違う事は悪い事じゃないのだから…。

暗いけど…。




作品内容のベクトルについては良し悪しも無いので受け入れるしかないのですけれど、それ以外の描写の問題については正直良し悪しがあるなと感じる。


まず、とにかくケレン味が無い。

仮面ライダーというコンテンツの見せ場である変身シーンと戦闘シーンの描写がおそろしくあっさりしているのです。
バトルシーンが数ページで終了する上、一番の見せ場であろう変身シーンの描写が2行で終わって「ウ、ウソだろ!?」と若干我が目を疑いました。

いや、でも…もしかしたら仮面ライダーの小説って案外こういうモノなのかもしれないし…と思い、「小説 仮面ライダーW」と「仮面ライダー響鬼 明日への指針」を引っ張り出してみましたが、こちらはたっぷりと語彙を尽くして語られていました。
うん、まぁ、そりゃそうだよね…。

冗談かと疑うぐらいあっさり描写だったので、コレはこの作家さんが変身や戦闘描写に興味が無いのかなと思わざるを得ない。
確かにアクションシーンはドラマ上あまり意味を持たない要素であるとは思いますが…「仮面ライダー」なんだから…ねえ…うん…。


また、テレビシリーズでは各ライダー世界が各作品を濃縮した物語となっていましたが、この小説では特にそういったフォーマットはありません。
おそらく原典と同一であろうと思われるライダー世界を巡るものの、その世界で起こる出来事に各作品のテーマ性は垣間見えない。
どちらかというと士の内面性を浮き彫りにする事に特化した話になっていて、各世界のライダーの方が通りすがりといった感じ。
あくまで“ディケイド”が主人公である旨を貫いているのだと読める。

ただそうなると、わざわざ他のライダー世界を巡っている意義が薄くなってしまう。
別に「電王」「クウガ」「カブト」の世界である必然が無い。いや、カブトは割とその世界観と士のテーマに有機性はあったか…。

出世頭のライダー俳優が演じたライダー世界を、小説で夢の共演として描いたのではないかと言われているけれど、そのキャラクター達を共演させるという以上の意義があまり感じられなくて残念。

言ってみれば、この本で描かれた以外のライダー世界でも、ずっと“士の世界”だけでも、話として成立してしまうんだよね…。
「電王の世界」でなければいけない、「クウガの世界」でなければいけない、それぞれの作品テーマともっと絡めた話でなくては「ディケイド」という特殊な設定を持つ作品の意味がないと思う。

あぁ、要するにテレビシリーズのフォーマットは計算され尽くされたモノだったのだなぁ…と感じるに至る。
ま、元がテレビ番組なんだからそりゃそうなんだけど。




あと端々に微妙な間違いや名称揺れも見て取れる。
なんで赤いクウガが剣で戦うんだろうとか、武器の名前がちょっと違うとか…。
まぁコレは作家さんだけではなく校正の所為でもあるわけですが、このぐらいはすぐに分かる間違いだろうに…。

心理描写に対しての戦闘描写や構成などを鑑みるには、この作家さんはあまり特撮作品としての“仮面ライダー”には興味が無いのかなという風に感じられる。
一人の青年の陰鬱とした葛藤を描くという意味では成立しているんだろうけど、特撮アクションが売りの「仮面ライダー」の小説として見ると拙さが散見するのです。
ケレン味やカタルシスが無いわけで。

まぁ考えてみれば“監修:井上敏樹”だし、この作家さんだっておそらく弟子筋の人だから作風が似ていて当然でもあるんだけどね…。

いっそ主人公は“士”ではなく“ツカサ”という名で、ラストにオリジナル門矢士がツカサを助けに来てくれるとかだったら…(ぇ)。

それはそれでメタで楽しそうじゃないかしら…。

仮面ライダー 各話レビュー
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COMMENTS

Commented by at 2013-07-26 11:51 # Edit
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Commented by TJ-type1@管理人 URL at 2013-07-27 01:00 #- Edit
Title : ◆コメントありがとうございます!◆
>名無しさん
うーむ…でもそれだとこの3人以外の主人公たちにも共通している要素とも言えるんですよねぇ。
むしろアマゾンや555の方が境遇近いんじゃないかなーとも思ってしまうし。
おのれ、ディケイド…
Commented by リューガ URL at 2013-07-30 09:12 #- Edit
Title : この小説シリーズを全部読むと…
 世の中の儘ならなさというか、同じパターンは二度とないという事がよくわかる気がする。
 グロンギは人間を獲物としか思っていない?→ディケイドでは士と恋仲になっている。
 クウガのその後→オーズやブレイドのように、各地の紛争に巻き込まれ、精神を病む可能性もある。
 怪人はやっつけた方がいい?→カブトやキバのように共存する可能性もあるし、名護さんみたいに人間の方がひどい事する可能性もある。

 もしかすると、TVの士は小説版の設定そのままに、並行世界をさまよう間に完全な怪人になってしまい、そのまま取り返しのつかないレベルまで進化してしまった姿じゃないでしょうか?
 どおりで強いわけだ!
Commented by TJ-type1@管理人 URL at 2013-08-01 21:41 #- Edit
Title : ◆コメントありがとうございます!◆
>リューガさん
旅をし続けると怪人になるってのは激情態のことを指しているようにも読めましたね。
実際あの映画で自分探しも出来て、元の姿に戻りましたしねぇ。

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