2011年 09月 09日
ゴーカイ劇場版と同じく既にかなり記憶が薄いですが、もうちょっとだけ頑張るのじゃ。

といったわけで「オーズ劇場版」。
ディケイド以降、夏の映画はシリーズ終盤での公開とあって、シリーズの集大成的に夏映画は扱われてきたように思います。
旅の終わりを描くと言っていた「ディケイド劇場版」(言っていただけだったけど…)、テレビシリーズで描いてきた記憶が一つに繋がる「ダブル劇場版」。どちらもテレビシリーズでやっていたことを映画のスケールでまとめあげるという作品作りが成されていたと思います。

そして、この一年間、欲望と人間の生き方について色々と描いてきた「仮面ライダーオーズ」の劇場版である「将軍と21のコアメダル」では、シリーズの集大成を飾る物語が… というよりも「お祭り」に流れたかなという雰囲気。
ま、それはそれでいかにも平成ライダーらしくもあり、オーズらしくもある劇場版であるなぁとも思いますね。

今回の劇場版でも全ての諸悪の根源は鴻上会長でした(え)。
会長の欲望のおかげで、ドイツの森に封印されていた錬金術師ガラが復活。
ガラのおかげでこの世界はひっくり返る。比喩ではなく、割と物理的な意味で。
現代と江戸時代が入り混じった町で、映司達は徳田新之助なるお侍さんと出会う…。

前述の事柄から、「オーズ」という物語の集大成的な話を見せてくれるのではないかという期待が高かったので、意外とお祭り重視、意外と勢い重視で展開するツッコミどこ万歳なお話に驚きを禁じ得ませんでした。
何でちょんまげ…何で江戸時代…。いや、将軍様ありきだからなのは分かるけど…劇中では特に説明も無いまま突き進みます。

確かに、暴れん坊将軍のテーマ曲が流れた時には「もうそんな事は瑣末な事だ」と思えるので、それはそれで正解だったのかもしれませんけどね。上様が登場するたびに「何だこの映画は…」と込み上げてくる笑いを我慢するだけでも大変です。ちゃんとヤミー相手でも峰打ちしている上様はさすがでした。
しかし、時代劇の殺陣と現代ヒーローのアクションの違いが鮮明に出ていて、あの共闘シーンはかなり眼福だったと思います。比較すると、現代アクションの方がリアリティ志向で、時代劇の殺陣は洗練された伝統を見せてくれるわけですが、この上様の殺陣が改めて見ると凄まじく美しい…。
息も切らさず一太刀で相手を倒していく様はリアリティという意味では全くもって現実味が無い動きではありますが、代わりに惚れ惚れするぐらい洗練されていて、無駄な動きが無い。あれはイイ目の保養になりましたわ…。

それにしても何で「暴れん坊将軍」とコラボなんてしようと思い立ったのかが謎です。
正直、話の中ではそれほど重要な立ち位置じゃないです。居ないなら居ないで成立しちゃいます(えー)。

そこでふと考えると、「MOVIE大戦CORE」のオーズ編において、“歴史上最も欲望が大きかった男”として織田信長が登場しています。暴れん坊将軍こと徳川吉宗の登場は、その流れであると考えられます。

徳川吉宗といえば享保の改革が有名です。
詳しくないので凄くさらっと説明すると、質素倹約を推し進めて幕府の財政を安定化させた…みたいな内容でしたよね? しかし質素倹約のおかげで民の暮らしは苦しくなり、経済・文化も停滞したとウィキペ先生は言ってます、ええ。
言わば、欲望に忠実であった信長とは全く逆で、欲望を押さえ込む事によって政を行った将軍であると言えます。

「オーズ」という名前には「王s」という意味合いも含まられているそうで。
欲望を何処までも解放した王・信長と、欲望を最小限に押さえ込んだ王・吉宗との対比がこのコラボにはあったのかなと感じられます。

劇中、吉宗はノブナガと違って悪役とは描かれていないし、映司にメダルをくれる(欲望を上手く利用している)者として存在しているので、劇中善としての役割なのかなぁ。
でも欲望を押さえ込みすぎた王って気がしないでもない。暴れん坊のくせに…。

今回の劇場版は「オーズ」という物語の集大成的役割では無い…と思うのですが、クライマックスではテーマを集大成的にまとめあげている部分もありました。それは、みんなで手を繋ぐこと。
欲望の象徴である手は「オーズ」において重要なモチーフとして今まで描かれてきましたけれど、この「手を繋ぐ」行為こそがその終着点、集大成として描かれていたと思います。

最終回レビューと同じコトをまた書くことになりますが。
「オーズ」では、自分の手が届く程度の欲望こそが丁度イイと描いてきました。
それを超えた欲望は暴走し、ヤミーとなって暴れだすのだと…。
でも自分の手が届く距離というのは、思いのほか狭い。映司が願っているような「世界を救う」「みんなを救う」という夢には到底届かない。
でも一人一人が手を繋ぎ合わせれば、自分一人では届かないところにも繋がる事が出来る。
一人一人の描く円が繋がり合う事で、世界中に届く腕になる。
それが真の ○○○ オーズの姿なのであろうと。

この辺は「オーズ」の物語としてかなりストンと落ちたというか、今考えるとテレビ最終回よりしっかりと説明していて分かり易いと思う。

そういえば同時上映である「ゴーカイジャー」でも「オーズ」と同様に「一人で助かるか否か」という設問を突きつけられるという展開があったのですが… えーっと、それは一つ前の「ゴーカイジャー」レビューを読んで下さい(えー)。
同じコトを書こうかとも思いましたが、どっと疲れるのであきらめましたわ(うわあ)。
こっちのレビューも二つで対、そういうことでイイじゃないか(えー)。

そんなわけで「劇場版暴れんb… じゃなくて「劇場版オーズ」の思い至るところでありました。
母子要素は正直必要かなぁ…とか、タイトルの「WONDERFUL」って何よ…などとも思いましたが、暴れん坊将軍で全部どうでも良くなるという卑怯な映画であったと思います。

成敗!


仮面ライダー 各話レビュー
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COMMENTS

Commented by 銀河水晶 URL at 2011-09-20 20:00 #701gxeB2 Edit
Title : 将軍と21のコアメダルと繋がる手
本編のテーマでもある「手」がこれでもか!ってぐらい押し出された話だったと思います。
現代人と江戸時代の人が手を繋ぐシーンを始め、将軍の手からオーズの手に渡るメダル、手を掴んで駿の母親を助けるオーズ、さらには新ライダー・フォーゼのモジュールも「マジックハンド」ですし。考え過ぎかもしれませんが、おにぎりも「手」でにぎるものですね。

ストーリーとしても、「世界中が家族」という欲望でなんとかなっちゃう『欲望万歳』なOOOっぽさを出しつつ、フォーゼとの共闘やグリードから託されたメダルで8大コンボ勢揃いというお祭り感もバッチリな良くできた話だったと思います。
ただ将軍が時代を超えて手を繋ぐ人々のシーンにいなかったのがちょっと残念でした。
Commented by TJ-type1@管理人 URL at 2011-09-22 01:03 #- Edit
Title : ◆コメントありがとうございます!◆
>銀河水晶さん
テレビ最終回を見る前は「お祭り映画やなー」という印象の方が強かったですが、駆け足過ぎたテレビ最終回を視聴した後だと、テーマのまとめはむしろこっちの映画のほうが分かりやすかったかなと思えてきますね。
映画を見た方の中では、テレビの方でもグリードと共闘エンド、欲望と仲直りするんじゃないかという期待を持った方もいたそうで。たしかにテーマ的にもそっちの方が悪くないって気もします。

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Tracked from blog mr at 2011-09-09 22:55
タイトル : 『仮面ライダー オーズ WONDERFUL 将軍と 21 のコアメダル』
 仮面ライダー フォーゼ、君に新たな名を授けよう。 「出落ちライダー」というのはどうだ。  動いてるところを見てもかっこいいと思えなかった。ゴテゴテしたアタッチメントも不恰好。 “199”で、パンフを買えない、という事態になったので学習して初日に行った。  8...