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2011年 06月 24日
本日放送は「おばあちゃんのおもいで」でした。

「おばあちゃんのおもいで」といえば、泣き系の原作として崇め奉られ、これまで何度もアニメ化されてきたお話であります。とりあえずボクが覚えているだけでも、渡辺監督の劇場版、楠葉ドラ一作目(06年)、そして今回の二作目と三つも違うVerを拝むことが出来ました。

06年のアニメでは、個人的にはどうしても渡辺劇場版が好きすぎてしまい、ついついそこと比較し、「やはりアレには敵わんか…」という見方しか出来ていなかったなぁと思う次第であります。しかし自分の中で新しく三つ目のストックが加わると、同じ原作でありながらも、違う演出、違うシナリオで描かれた三つのアニメの方向性の違いを、理解というか…許容することが出来たんじゃないかなぁと思う。
ようするに、色んな「おばあちゃんの思い出」があってイイんだなぁーっと、その違いが面白いんだと思えるまでにはなりました。

で、今回の「おばあちゃんのおもいで」はどんな「おばあちゃんのおもいで」だったかというと、「泣き」を狙っていた渡辺版や06年版とは違うベクトル、日常ギャグアニメ「ドラえもん」として楽しめる「おばあちゃんのおもいで」になっていたんじゃないかなーっと感じました。

「泣かせるぜ~、チョー泣かせるぜ~」という感じであった先代2作に比べ、今回は「泣き」に関する積み重ねなどの描写が意外とあっさりしている気がする。そんなに「泣かせ」にはかかっていないなって感じる。
代わりに、おばあちゃんが目を丸くしたり、孫の行動に困惑したりと、今までに無く表情豊かなおばあちゃんとして描かれている印象。
渡辺版や06年版のおばあちゃんは、まるで菩薩の如くのび太を見守る神々しい存在として描かれていたと思うのですが、今回の11年版おばあちゃんは、孫を甘やかしすぎる祖母という、若干のネガティブ要素も付随されて描かれている。
つまり11年版では、神的な存在としてのび太を愛しむおばあちゃんではなく、ただ孫が可愛くて甘やかしてしまう何処にでもいる普通のおばあちゃん、ただの人間としておばあちゃんは描かれているのではないかと推察される。

泣き要素はシンプルに(それでも勿論イイ話になってるけど)、しかしおばあちゃんというキャラクターに関しては最も深く見つめている「おばあちゃんのおもいで」に仕上がっていたのではないかと思います。

まあ「ちょっとギャグ寄りで作りたかっただけ」なのかもしれないけど、それはそれであり。
こういう「おばあちゃんのおもいで」の方向性もあるのかーと可能性が一気に膨らみました。
そもそも、いつもは「この話で泣かせにかかるのかよ…」と執拗に「泣き」を盛り込もうとしている楠葉ドラが、泣き系エピソードで逆にギャグ要素を盛ってきたというのが、まさかの衝撃でした。
そんな方法論も持っていやがったのか…。

作るたびに新たな一面が生まれ、色んな姿に変わる、これはもう「忠臣蔵」とかシェークスピア作品みたいなもんだよ。
もはや「ドラえもん」とは古典なのだ…。
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