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2008年 04月 25日
我がブログの良心、一ヶ月ぶりのドラレビューだぁ…うはぁ…。

本日放送は「ぼくの生まれた日」。
何故キャラ設定に富永貞義さんのお名前があるのでしょう、不思議。
てか、今回のコンテは楠葉総監督じゃーないですか。
いつもはカメラとマイクの漫才しかコンテを切らないというのに、今回はそれだけ気合入っている回なんですかねぇ…ほうほう。

「ぼくの生まれた日」という事で、どうしても思い浮かべてしまうのが渡辺歩監督版のアレ。いやぁ、アレはホント面白いもんなぁ…最後ののび太の優しさに号泣っすよ、ホント。

比較しても仕方ないという気持ちと、どうしても比べてしまう心の弱さとのジレンマを抱えつつの観賞でしたが…意外や意外、映画版とかなりカブせて来たのは驚きでした。
う~ん、もそっとオリジナルな感じで仕上げるのかと思ってましたけど、そう来たかぁ。

「のび太」の名の由来を、大きくそびえ伸びる樹から名付けるというコトがまず劇場版と同じではあるのですが、これはもはやある意味で完成されている要素といいますか。もうあれ以上に他に明確な理由付けを持って来るのって相当難しいと思うので、下手にオリジナリティを追求するよりも素直に引用したのは好かったのではと感じます。
てか、「緑の巨人伝」でその一場面を使用しているからあまり変えられないってだけなのかもしれないけど…

それよか土手とか暗雲とか土砂降りとかまで一緒ってのが、劇場版のトレース感を強めてしまっている気がしたりします…。それだけ土手とか雨とかはベターな演出だったってコトなのかもしれないですが、そこは頑張って違う道も模索してほしかったかなぁ…うん。

逆に今回のオリジナリティという点では、パパがむかし画家を目指していたという設定を上手く利用した点でしょうか。
ドジッ子スキルでカメラを壊してしまい、のび太の生まれた日の写真を残す事が出来なくなったパパは、代わりに自らの筆で赤ん坊のスケッチを描くコトにする。

写真という科学的客観的に対象を切り取るモノではなく、一度自分の中を通して紙の上に切り取るスケッチで、というのが結構熱いです。そこには写真では映す事の出来ない、パパの中にある父親としての思いがにじみ出ている思い出が詰まっているから。
あぁ、うまいコト言ったな、オレ(え)。

そういえば劇場版の方では、病院の木の枝を土手に植える事で育ったのび太と同い年の「のび太の木」を描いていましたが、今回の桜の木は子どもが出来たと聞いた時にパパが見つけた木ですから…どちらかというと「パパの木」って感じがしてしまいますね。
その時まだ葉も花も付けていなかった裸のその木は、これから「父親」になるパパとシンクロしていたような気がしないでもない。

まぁ、この話は真面目に描けば完全にパパ目線にならざるを得ない話ですから、時にはそういうコトもあっていいドナ(え)。

ただこの話でいつも気になるのは、パパがスポーツ万能…と言及されている件。
だって、パパが運転免許取れないのって運動オンチだったからじゃなかったっけかい?
まぁ初期の原作なので設定が合わないのは仕方ないのかもしれないですが、パパとママを原作と逆にしちゃダメなのかなぁ…て、いつも思うんですよねぇ…ダメ?

ぶっちゃけ作画はあんまり…な感じではありましたが、テレビシリーズ的には珍しく、雰囲気というか情緒を感じさせるエピソードになっていて好かったのではないでしょうか。涙腺も普通にヤバかったし。

てか、久しぶりだったからちょっと長めのレビューになってしまった気が。
今度から気を付けます、はい。


余談。

「緑の巨人伝」観賞二回目のレビューを書こう書こうと思っていて全然書けていないので、もうここにサラッと書き記します。
記事に上げるほどの量もなかったので…

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