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2019年 06月 21日
本日放送は「ガワラオニ」「チョージャワラシベ」でした。

「ガワラ~」は、家から災いを遠ざけてくれる魔よけのお守り。
ネズミの発生や雨漏り、その他etc...といった野比家の災いを追い払うため、鬼型のロボットが全ての災いに対処してくれる。まさに一家に一台の必需品たりえる道具です。
野比家に災いをもたらしていたのは実はのび太であったと分かり、ガワラオニはのび太を災いと判断して追い出す。
因果の巡りでもあり、行い次第で幸不幸は変わるという風にも見える。謎の災いとして恐れられていた事も、科学的に検証されて理由が分かると実は大したことではなかったりしますが、これもまたそういう面を描いているのかな。「ドラえもん」らしいと言える。

「チョージャ~」は、物々交換して自分の望みの物が手に入れられるワラシベ。
新しいグローブが欲しいとワラシベを持って歩きまわるのび太。ワラシベから同人誌の詩集、詩集から飲み物、飴玉、新聞紙と交換されて、最後にグローブを手に入れる。
原作ではワラシベをシャボン玉のストローとして渡すのですが、これは原作を読んでいても「いや、藁とストローは違うだろ…いや、藁はたしかにStrawだけど…違うじゃん!」となるくだりなので、アニメ化における尺の兼ね合いとストローへの自然な流れが作られていたのはとても腑に落ちました。
また、最後にジャイアンがモデルガンを手に入れる(?)くだりも、悪事への因果応報という流れが出来て分かり易い。
ワラシベの交換は改めて確認すると、全て人助け、親切心によって繋がっているんですよね。
つまり優しさを持たぬ者は求めるモノを得られはしないという…教訓深いアイテムなのだ。
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2019年 06月 14日
本日放送は「大スタージャイアン!?」「恐怖のディナーショー」でした。

「大スター~」は、ジャイアンが歌番組で歌を披露する事となり、それをどうにか食い止めようとするのび太達の奮闘劇。
歌が上手くなる“のど自慢アメ”をなめたジャイアンを偶然にも発見したのは、テレビ局のプロデューサー。早速ちびっこのど自慢への出演が決まるも、このままではジャイアンの歌が日本中のお茶の間に流れて日本は滅亡する!
町内的なノリからスケール感のある危機が描かれ、世界を守る戦いが大げさに繰り広げられる楽しいお話です。
無事に世界の平和は守れたものの、一方でこれがオチでは平和すぎるのでまだ破壊行為が行われなければならないと期待感がつのる視聴者でもあり、最後にジャイアンの歌で民衆が苦しむ姿に安堵します。
世界が守られてほしいと思いつつ、民衆に苦しんでもらいたいというこの矛盾をどうすればいいのか…。

「恐怖の~」は、ジャイアンが歌と自作料理のディナーショーを開催すると告知し、地獄と化す町内の一編。
ジャイアンが立ち上げた恐ろしい凶行の計画に従うしかないファンクラブ会長・野比のび太は、チケットを配り回るも命にかかわるそれを誰も買ってはくれない。のび太とドラえもんは唯一チケットを買ってくれた出木杉と共に対抗策に打って出る。
このお話、秘密道具は登場こそすれ特に機能はしないので、シンプルにシチュエーションコメディとして楽しめる内容です。その、ちょっとフォーマットが違うノリなのが妙に好きな原作なんですよね。
出木杉が珍しく子どもらしい部分を見せているのも楽しい。ジャイアンの不幸を聞いて出木杉が喜んでいる所なんて貴重ですわね。
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2019年 06月 07日
本日放送は「ネアンデルタール人を救え」「のび太もたまには考える」でした。

「ネアン~」は、4万年前に絶滅したとされるネアンデルタール人にロマンを感じ、実際のネアンデルタール人を見学しに行こうという歴史探訪。
何となく名前だけは知っているけどそれ以上分からないネアンデルタール人。言葉をあまり使わなかったとか、お墓に花を供える文化があったとか、ほぉほぉへぇと勉強になります。
お話自体はひとりぼっちのネアンデルタール人の少年を人類の先祖と仲良くさせようという内容で、ネアンデルタール人である必然性はそこまでないのですが、そもそもネアンデルタール人がどういうモノなのかまだまだ分からない所が多いだけに掘りようがないというコトでもあろうか。
現在のホモサピエンスにはネアンデルタール人の遺伝子も受け継がれている事から、このお話自体が現在の人類創生の起源となりえる…と思えるようになっているてなトコロでしょうか。

「のび太も~」は、“能力カセット”で色んなプロフェッショナル能力を身につけるのび太のお話。
おつかいに行くのにマラソン選手のカセットを、算数の宿題に数学者のカセットを使用してお手軽に解決する。
カセットというのが原作の時代を反映していて、実に良いです。わざわざ透明ケースに入っている所まで再現せんでも。
便利にカセットを使いこなす中、“考える人”のカセットを入れたコトでのび太は考える。カセットの力で何かを成したつもりになっていても、自分は進歩していないではないかと。そして深く深く考えた結果、カセットをドラえもんに返すことにする。
カセットの能力はいわば借り物で、自分のモノではない。そして、そこに気付いた思慮深さもまたカセットの力なんですよね。
じゃあ、カセットの力を借りたその思考もまた意味が無かったのか…というと、そんなことはなくて、それはちゃんとのび太の血になっている。
ただ借り物がダメなのではなく、その借り物の中から自分の血肉として成長することは出来るのです。
今見返すとそういう受け止め方も出来るなぁと感じさせます。
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2019年 05月 31日
本日放送は「トランポリンゲン」「シャボン玉宅配便」でした。

「トラン~」は、スプレーしたモノがトランプリンと化してしまうアイテムのお話。
よく転んでケガをするのび太曰く、人間社会の周りのモノが固いモノばかりなのが悪いからであり、柔らかければ良いではないかと訴える。そこで取り出されたのが、何でもトランポリンのようにしてしまうスプレー。22世紀でも同じ発想の人間が居たのだろうか。
ありとあらゆる周囲のモノに使っていたが、もうこうなったら自分をトランポリンにした方が手っ取り早いと人体実験を試みるのび太です。ドラえもんもナイスアイディアだと言いますが、人体に使っていいのかどうか確認している感じはないですね。いつも通りです。
硬いか柔らかいかというのは相対的なコトですが、自分がもっと柔らかくなることでリスクが解消されるというのも一種の視点変換という気がします。

「シャボン玉~」は、シャボン玉に入れたモノが宙を舞いながら相手まで届く便利な一品。
シャボン玉でありつつ届け終わるまでは絶対に壊れないという、ドラえもんの道具にしてはセキュリティ面がしっかりしているアイテムでもあります。かといって壊れない事がリスクになる話ではありませんでしたが。
シャボン玉はジャイアンに見つからないよう漫画や玩具を運搬するコトに利用され、それを知ったジャイアンが怒る狂うという理不尽オブ理不尽が繰り広げられます。
といった割とシンプルな展開なお話でしたね。もそっとアイテムのギミックが活かされる展開もありえたように思えますが。ふむむ。
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2019年 05月 17日
本日放送は「しつけキャンディー」「人間味調味料」でした。

「しつけ~」は、しつけとして利用されてきた迷信やモノの例えを具現化するキャンディー。
90歳を超えたスネ夫のひいおばあちゃまは迷信をよく口にする。嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる、食べてすぐ寝ると牛になるetc...
そんなひいおばあちゃまをバカにするのは許せんと怒りに燃えるドラえもんはキャンディーを使って迷信を具現化させる。
お腹からスイカの目が出たり、牛になったり、迷信を具現化させることでビジュアル的な面白さが発生するのは勿論ですが、そういう迷信があるんだというコトを「迷信」として教えてくれるお話でもある。食べてすぐ寝ると牛になるとか、この漫画で初見だったことを覚えております。

「人間~」はタイトルが怖い…と思わせるも、人間としての渋みや甘み、しょっぱさといった味付けを付与させるアイテム。これまた文学的アイテム。
渋みを付け加えれば絵柄もハードに、塩をふれば塩対応になってしまう。絵柄が変わるのは漫画でも可能だろうけど、声色の変化は実にアニメ的でメディア特性が活かされている。今話のアイディア協力となっている関智一の本領発揮回でもあります。
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2019年 05月 10日
本日放送は「のび太のおいしい食べ方」「お料理ワッペン」でした。

「のび太の~」は、人あるいは動物を好きに命令できる“イイナリキャップ”を用いた動物交流エピソード。
ジャイアンに捨てられたムクを何とかする為、何でも命令通りに動かせるイイナリキャップを使用するものの、そもそもジャイアンがムクに対して犬には出来ないおかしなコトを命じていたのがおかしいと分かり、のび太は町中で偶然見つけたライオンにキャップをかぶせて好きに操る事とした。前段と後段があまりにミスマッチながら、それが終盤で一つに繋がるドラマになっていくことによってカタルシスが発生する。
修復されたジャイアン・ムクとライオンの飼い主との比較もあって、一見別々だったものが最後に一つに繋がる、実に綺麗に構成されたお話になっているのが見事ですなぁ。

「お料理~」は、星型のワッペンを付ける事で料理人になってママを助けようという母の日エピソード。
星形ワッペンは数を付けるほどレシピに対する対応能力が上がるという。星の数は料理人の能力値である。
オリジナルエピソードですが、原作でもパパが急に出来もしないフランス料理を作り始める回がありましたっけね。
普段やらない人間ほど難しいモノを作りたがるというのがこの話でも感じられます。
ほっこりと最後まで上手く行くお話で、随分と平和な…というかレシピが詳細すぎる…と謎だったのですが、公式サイトで実際のレシピを公開するとのこと。仮面ライダーカブトでみたやつ…ではなく、実際に料理を作ってママの日を祝おうということのようです。
商品販促ではないのにリアルを同期させようという作戦は結構新鮮でもある。
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2019年 04月 27日
随分前に見ましたが、恒例なので今更ながらに書いておきます。

「南極」「宝島」と3年連続でオリジナル作が続く映画ドラえもん。
今年は「月」へと行って参ったとのことです。

月にはウサギが居ると思っていたのび太は、“異説メンバーズバッジ”を用いて月の裏側に住むウサギを自ら作り出す事としました。
原作では地底人を作ったエピソードが月面人にシフトして利用されています。

粘土で月面人を作るのですが、その際に作った失敗作が後に怪物となって月面人を襲いに来るくだりがあります。
原作では地底人なのですが、地底人も怪物ものび太が作り出したにも関わらず、見た目が悪いという理由だけで怪物扱いされてしまう試作地底人があまりに不憫でもあるのです。
今作ではそんな怪物扱いの試作月面人とも和解が描かれ、原作にあった理不尽が少しだけ晴らされたようでもある。

昨年の「宝島」に続いて著名クリエイターとのコラボを軸にした映画なのですが、昨年と比較すると今年は「ドラえもん」“らしさ”のようなモノが維持されつつ辻村氏の作家性をミックスしてくれているのかなと感じます。(元々辻村作品にドラ的な物があるという可能性もありますが、詳しくないので)
いや、個人的には「宝島」は「ドラえもん」としてはかなり変化球だと感じましたのでね。それが良いとか悪いとかは別にして、原作に重きを置くファンとしては今年の映画の方が安心感はありました。

映画の後半では、秘密道具などのギミックを用いたロジカルなどんでん返しが使われていて、その為の事前説明にかなり気を配っているなーと感じられました。そういう意味では前半は説明が多い印象ですね。

その、クライマックスでの異説・通説のどんでん返しに絡めたテーマとして語られるのが、「フィクションと現実との関係性」。
月面の裏に文明があるだとか、天動説だとか、現在では常識(通説)とはなり得なかった「異説」を、いわば人間が想像力で生み出した「フィクション」と同義のモノと定義することによって、現実とフィクションが相互に作用している関係性を語っている。

こういうフィクションと現実との関係を語るメタフィクションって、「ドラえもん」の原作で語られる事はないテーマなので(ネタとしてはある)、おそらくこの辺に辻村深月氏の語りたいテーマが含まれているのだろうなぁと感じられました。

現実から小説や漫画といったフィクションが生まれてくるだけでなく、本来作り物であるはずのフィクションが現実を変化させる作用を与えることもある。この映画ではそう語られています。

これ、辻村氏が「子どもの頃からドラえもんを見ていて~」と語るインタビューを読んでいたので、「ドラえもん」という創作物に影響を与えられて現実に作家になった氏が今や「ドラえもん」の話を創作しているという、その相互に作用しあう現実と創作物の関係性をそのまま物語化しているのだなと感じました。

これは原作約50年、アニメ40年の歴史があるからというのは勿論のこと、外部から参加することになった作家さんだからこそ語れるテーマでもあると思います。

あ、同じく小説家の真保祐一さんも以前書いてくれていたけど、真保さんは半分シンエイ動画の身内みたいな面もあるので…。


そして最後には来年もまた映画をやってくれるとお馴染みの告知。
それを見る限り…原作付ならアレ…でしょうけど、オリジナル作っぽくもある…でもそろそろ原作大長編が見たいのだが…はてさてな。
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2019年 04月 26日
本日放送は「タタミのたんぼ」「未来からの買い物」でした。

「タタミ~」は、お餅を沢山食べたいがためにお米から作る事を決意し、稲作に精を出す事としたのび太とドラえもんのお話。
まだドラ焼きよりもお餅が好きだった時代のお話ですね。ドラ焼きを小麦と小豆から作ろうという話はまだ作られてはいない…たぶん。
“しゅみの日曜農業セット”でお気軽に米作りが出来るとのことですが、機械を使わない農作業に天候不順、雑草や害虫害鳥など適度に苦労するように出来ている。コメひとつ作るのにも膨大な時間と苦労が必要なのだと分かる教育漫画のようなお話でもありますが、終盤特にそういったテーマ語りが無いところにコレがあくまでSFギャグ漫画であるというのが伝わります。
原作にはなかったアイガモ雑草駆除法など現代のコメ作りが新たに挿入されていて、ほぼ原作通りながらも時代に合わせた進化をし続けられる話だなぁと感じられるます。

「未来~」は、未来の百貨店カタログから未来で最新式の自転車を購入したことから始まる騒動。
のび太ですら軽快に乗りこなせる未来の最新自転車。未来のカタログを見て、欲しいと思うだけで手に入るということで、みんな我も我もと色んな品を手に入れる。しかして、それは通信販売…ならぬ“通心販売カタログ”であり、心で思うだけで注文するカタログであり、代金は当然後払いで支払わなければならない。そして膨れ上がった代金の徴収者から逃げる羽目に。
予告で追いかけてくる怪しい男が実はただ料金を貰いに来ただけの人というのもおかしさがあります。そこからさらにどんでん返しもありますが。
心で思うだけで簡単に注文できてしまうというSF的な装置から、代金が払えないから逃げるというあまりにスケールの小さなサスペンスに落ち着くのが実に「ドラえもん」だなーと感じます。
どんなSF的な文法や装置も全て日常の中だけで消費して収まってしまう。
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2019年 04月 19日
本日放送は「ダジャレーランド」「無敵!コンチュー丹」でした。

「ダジャレー~」は、言ったダジャレの通りになる“ダジャレイガン”を使って遊園地で遊ぶお話。
スネ夫に連れられてやって来たのはオンボロ遊園地。楽しむというにはあまりに設備が心もとないという事で、ダジャレでアトラクションをアレンジすることで楽しんでしまおうとするのです。観覧車がランラン車とかボーッとするボートとか、割と雑なダジャレによってアトラクションが変化しますが、その辺の大雑把な意図までを汲み取ってくれるアイテムの懐の広さを感じます。
お客が来ないので閉演しようとしていた遊園地ですが、ダジャレーランドを楽しんだ富豪のボンボン少年によって救われる事となりましたが…なんとも不思議なお話ですね…。
楽しさは自分たちで作り出すものだとかそういうメッセージのような気がしないでも無いのですが、最後に買われたのはどういうことだったのか…ダジャレ効果は30分で切れるのだから後が怖いのでは…。

「無敵~」は、昆虫の能力を使えるようになる“コンチュー丹”を使ってジャイアンに挑む。
蝶のように舞い、蜂のように刺す! 昆虫には色んな特殊能力があり、人間サイズで考えるととんでもないスーパーパワーになると解説されます。古今東西、ムシの能力を利用したスーパーヒーローが多いコトからもそれは伺えます。
このお話、原作ではモハメド・アリの能力が虫に例えられているコトを入り口にしているのですが、その前提条件を持たない現代の視聴者に向けるとシンプルに昆虫パワーの神秘という語りになるんですね。猪木アリ戦が76年でこの原作が78年。
葉っぱを食べてサナギになったり、イナズマン的というか、藤子風昆虫ヒーローの解釈が垣間見えるようでもある。
ヒーローになったことで苦しむ定番の要素が葉っぱ食うくだりかのような。
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2019年 04月 05日
本日放送は「ゆめの町、ノビタランド」「ドラえもんをのぞいちゃえ!」でした。

「ゆめの町~」は、子どもたちが自由に遊ぶことが出来るミニチュアの町のお話。
テレビアニメ放送40周年記念と称して、第1回放送のお話をリメイク。
ここで重要なのが、原作漫画のリメイク…ではなく、アニメ第1話のリメイクとなっているというのが肝なのです。なので、よくネタにされる帽子をかぶった謎の少年や、ウエストサイド物語のパロディ、当時の演出なども今回のアニメで蘇っておるのです。ウエストサイド物語(61年)って、当時(79年)から考えても20年近く昔の映画なのに、なんで入れたんだろう…。
旧「ゆめの町」にしか登場しない帽子の少年、何となく「作画の粗い安雄でしょ?」と思っていたので(原作では安雄)別にこれまで気にも留めておらなかったのですが、今回のアニメでは安雄が同時に登場することによって別人だと判明してしまいました。いつもニコイチのはる夫が登場せずに安雄だけ出てきている点から考えても、「彼は安雄ではないのです」という公式側からの強いメッセージ性を感じます。
そ、そうだったのか…。

「ドラえもんを~」は、普段はのび太視点で描かれる作品ですが、たまにはドラえもん視点で見てみようというお話です。
日常の生活の中でのび太がトラブルを持って来てゆっくりも出来ず、ケンカをしたりしつつ、のび太と暮らす様が描かれます。
それを覗き見るセワシからすればドラえもんの日常が破壊されていると映るものの、ドラえもんにとってはもはやそれが日常になっている。
アニメオリジナルながら、端々に原作にもあるシーンが描かれていて、ドラえもん視点だとそういう感じなんだと分かります。特に、原作でも謎だったスライムで遊んでいるドラえもんが深堀されているのが良きでした。

アニメ放送40周年…日テレ…? う…アタマが…ということで、おそらく十数年ぶりにOPで「ドラえもんのうた」が流れました。
2005年リニューアル当初も「ドラえもんのうた」は使われておりましたが、この時はインストゥルメンタルで歌唱は無かったので、歌唱付きのモノは現体制では初めてという事に。
これまで「ドラえもんのうた」を使用してこなかったのは、おそらくですが、旧アニメ版(日テレではない)のイメージがあまりに強い歌なので、リニューアルにおいてはかえって使い辛いからではないか…と推察されます。
しかしそれから14年も経ち、さすがに旧イメージに引っ張られる事はないという安心感あっての起用なのかなーとも感じます。

「夢をかなえてドラえもん」が現代の「ドラえもんのうた」なのだと思って来たので、わさびさんの「はい、タケコプター!」が聞けるのは何とも感慨深いですなぁ…。
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